、クリヴォフ夫人の方を向いて、
「時に、その詩文が誰の作品だか御存じですか?」
「いいえ存じません」クリヴォフ夫人はやや生硬な態度で答えたが、セレナ夫人は、法水の不気味な暗示に無関心のような静けさで、
「たしか、グスタフ・ファルケの『|樺の森《ダス・ビルケンヴェルドヘン》』では」
 法水は満足そうに頷《うなず》き、やたらに煙の輪を吐いていたが、そのうち、妙に意地悪げな片笑が泛《うか》び上がってきた。
「そうです。まさに『|樺の森《ダス・ビルケンヴェルドヘン》』です。昨夜この室《へや》の前の廊下で、確かに犯人は、その樺の森を見たはずです。しかし、|かれ夢みぬ、されど、そを云う能わざりき《イーム・トラウムテ・エル・コンテス・ニヒト・ザーゲン》――なんですよ」
「では、その男は死人の室を、親しきものが行き通うがごとくに、戻っていったと仰言《おっしゃ》るのですね」とクリヴォフ夫人は、急に燥《はしゃ》ぎ出したような陽気な調子になって、レナウの「|秋の心《ヘルプストゲフュール》」を口にした。
「いえ、滑り行く[#「滑り行く」に傍点]――なんてどうして、彼奴は蹌踉き行ったのですよ[#「彼奴は蹌踉き行
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