伏せておくところを見ると、案外あの著述にも、僕が考えたような本質的な記述はないのかもしれない。とにかく、易介の殺害も、最初から計画表《スケジュール》の中に組まれてあったのだよ。どうして、あの死因に現われた矛盾が、偶然なもんか」
法水は、彼がレッサーの著述を目した理由を明らかにしなかったけれども、ともかくそこに至るまでの彼等の進路が、腑甲斐《ふがい》ないことに、犯人の神経繊維の上を歩いていたものであることは確かだった。のみならず、ここで明らかに、犯人が手袋を投げたということも、また、想像を絶しているその超人性も、この一つで十分裏書されたと云えよう。やがて、旧《もと》の書庫に戻ると、法水は未整理庫の出来事をあからさまには云わず、鎮子に訊ねた。
「遂々《とうとう》、事件の波動がこの図書室にも及んできましたよ。最近この潜り戸を通った人物を御記憶でしょうか」
「マア、そんな事ですか。では、この一週間ほどのあいだダンネベルグ様ばかりと申し上げたら」と鎮子《しずこ》の答弁は、この場合|詐弁《さべん》としか思われなかったほどに意外なものだった。「あの方は何かお知りになりたいものがあったと見えて、この
前へ
次へ
全700ページ中211ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング