擬音でもって、あの倍音に空想を描いていた。しかし、同じような微かな音でも、伸子の弾奏がそれに重なったとしたらどうするね?」
「これは驚いた! 君はもうそんな年齢《としごろ》になったのかね」と道化《おどけ》した顔をしたが、法水は皮肉に微笑み返して、「だいたいヘンゼンでもエーワルトでもそうだが、お互いに聴覚生理の論争はしていても、これだけは、はっきりと認めている。つまり、君の云う場合に当る事だが……たとえば同じような音色で微かな音が二つ重なったにしても、その音階の低い方は、内耳の基礎膜に振動を起さないと云うのだ。ところが、老年変化が来ると、それが反対になってしまうのだよ」と検事をきめつけてから、再び視線を乾板の上に落すと、彼の表情の中に複雑な変化が起っていった。
「だが、この矛盾的産物はどうだ。僕にもさっぱり、この取り合わせの意味が呑《の》み込めんよ。しかし、ピインと響いてくるものがある。それが妙な声で、ツァラツストラはかく語りき――と云うのだ」
「いったいニイチェがどうしたんだ?」今度は検事が驚いてしまった。
「いや、シュトラウスの交響楽詩《シムフォニック・ポエム》でもないのさ。それが、
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