木沢医学博士との論争に尽きると云っても過言ではないだろう。それはこうなのだ。明治二十一年に頭蓋鱗様部及び顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]窩《せつじゅか》畸形者の犯罪素質遺伝説を八木沢博士が唱えると、それに算哲博士が駁説を挙げて、その後一年にわたる大論争を惹《ひ》き起したのだが、結局人間を栽培する実験遺伝学という極端な結論に行きついてしまって、その成行に片唾《かたず》を嚥《の》ませた矢先だった。不思議なことには、二人の間にまるで黙契でも成り立ったかのように、その対立が突如不自然きわまる消失を遂げてしまったのだよ。ところが、この論争とは聯関のないことだが、算哲博士のいない黒死館には、相次いで奇怪な変死事件が起ったのだ。最初は明治二十九年のことで、正妻の入院中愛妾の神鳥《かんどり》みさほを引き入れた最初の夜に、伝次郎はみさほのために紙切刀《かみきりがたな》で頸動脈を切断され、みさほもその現場で自殺を遂げてしまったのだ。それから、次は六年後の明治三十五年で、未亡人になった博士とは従妹《いとこ》に当る筆子夫人が、寵愛《ちょうあい》の嵐鯛十郎という上方役者のためにやはり絞殺されて、鯛十郎
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