もその場去らずに縊死《いし》を遂げてしまった。そして、この二つの他殺事件にはいっこうに動機と目されるものがなく、いやかえって反対の見解のみが集まるという始末なので、やむなく、衝動性の犯罪として有耶無耶《うやむや》のうちに葬られてしまったのだよ。ところで、主人を失った黒死館では、一時算哲とは異母姪《いぼてつ》に当る津多子――君も知ってのとおり、現在では東京神恵病院長|押鐘《おしがね》博士の夫人になってはいるが、かつては大正末期の新劇大女優さ――当時三歳にすぎなかったその人を主《あるじ》としているうちに、大正四年になると、思いがけなかった男の子が、算哲の愛妾岩間富枝に胎《みごも》ったのだ。それがすなわち、現在の当主旗太郎なんだよ。そうして、無風のうちに三十何年か過ぎた去年の三月に、三度動機不明の変死事件が起った。今度は算哲博士が自殺を遂げてしまったのだ」と云って、側《かたわら》の|書類綴り《ファイルブック》を手繰り寄せ、著名な事件ごとに当局から送ってくる、検屍調書類の中から、博士の自殺に関する記録を探し出した。
「いいかね――」
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――創《きず》は左第五第六肋骨間を
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