A水精《ウンディネ》、風精《ジルフェ》……。そして、最後に、あの局状《シチュエーション》の真相 Suicide《シュイサイド》([#ここから割り注]自殺[#ここで割り注終わり])を加えると、その全体が 〔Ku:ss〕《キュッス》 となってしまう。そこに、奇矯を絶したファウスト博士の懺悔《ざんげ》文が現われてくるのだ。勿論伸子は、それ以前に或る物体を、『接吻《キッス》』の像の胴体に隠匿《いんとく》しておいた……」
それには、二つの異常な霊智が、生死を賭《と》してまで打ち合う壮観が描かれていた。検事は、腐れ溜った息で窒息しそうになったのを、危く吐き出して、
「すると、当然その竜舌蘭《リネゾルム・オルキデエ》の詭計《トリック》が、鐘鳴器《カリリヨン》室の扉《ドア》や十二宮《ゾーディアック》の円華窓《えんげまど》にも行われたのだろうがね。しかし、あの時は旗太郎が犯人に指摘され、自分自身は、勝利と平安の絶頂に上りつめた――そのところで、伸子は不思議にも自殺を遂げているのだ。法水君、そのとうてい解しきれない疑問と云うのは……」
「それが支倉君、あの夜最後に僕が伸子に云った――色は黄なる秋、夜の灯《ともしび》を過ぎれば紅き春の花とならん――というケルネルの詩にあるんだよ。まさにその瞬間、伸子は悲惨な転落を意識しなければならなかったのだ。何故なら、元来アレキサンドライトという宝石は、電燈の光で透かすと、それが真紅に見えるからだ。そこで僕は、伸子がレヴェズにあの室《へや》を指定して、自分はアレキサンドライトを髪飾りにつけ、それに電燈の光を透過《すか》させて、レヴェズを失意せしめた――と解釈するに至った。ねえ支倉君、この警句はどうだろうね。レヴェズ――あの洪牙利《ハンガリー》の恋愛詩人《ツルバズール》は、秋を春と見てこの世を去った――と」と一息深く莨《たばこ》を吸いこんでから二人が惑乱気味に嘆息するのも関《かま》わず、法水は云い続けた。
「ところが、あの黄から紅《くれない》――には、なおそれ以外にも別の意義があって、勿論僕が、サントニンの黄視症を透視したというのも、偶然の所産ではなかったのだよ。何故なら、それから、犯人の潜勢状態を剔抉《てっけつ》したからだ。それを他の言葉で云うと、兇行によってうけた犯人の精神的外傷――つまり、その際に与えられた表象や観念の、感覚的情緒的経験の再現にあったのだ。勿論僕は、神意審問会の情景を再現した際に、なんとなく伸子の匂いが強く鼻を打ってきたのだ。で、試みに、譏詞《きし》と諷刺のあらん限りを尽し、お座なりの捏造《ねつぞう》を旗太郎に向けてみた。云うまでもなく、それは伸子の緊張と警戒を取り去るためだったのだが、勿論ダンネベルグ夫人の自働手記は、伸子がテレーズの名を書かせたのだったし、レヴェズの死と拇指痕の真相以外は、何一つ真実でなかったのだよ。それで、ふと黄から紅に――という一言を、アレキサンドライトと紅玉《ルビー》の関係に、寓喩《アレゴリー》として使ってみた。ところが、意外にも、それが全然異なった形となって、伸子の心像の中に現われてしまったのだ。と云うのは、ラインハルトの『抒情詩の快不快の表出』という著述の中に、ハルピンの詩『愛蘭土星学《アイリッシュ・アストロノミー》』のことが記されてある。その中の一句――|聖パトリック云いけらく獅子座彼処にあり、二つの大熊、牡牛、そうして巨蟹が《セント・パトリック・セエッド・エ・ライオン・ライス・ゼア・ツウ・ベアス・エ・ブル・エンド・キャンサー》――とその巨蟹《キャンサー》(Cancer)という個所《ところ》に来ると、朗読者は突然、それを運河《キャナラー》(Canalar)と発音してしまったと云うのだ。つまり、その朗読者が、それまで星座の形を頭の中に描いていたからで、いわゆるフロイドの云う――言い損いの表明にこびりついている感覚的痕跡――に相違ないのだ。また、一面には聯想というものが、その一字一字には現われず、全体の形体的印象――つまり、空間的な感覚となって現われたとも云えるだろう。しかし、伸子の場合になると、それが、ダンネベルグ事件から礼拝堂の惨劇に至る――都合四つの事件を表出化してしまったのだ。何故なら伸子は、洋橙《オレンジ》と云った後で、麦藁《ストロー》を束にして檸檬水《レモナーデ》を嚥《の》む――という言葉を吐いた。当然それには、鐘鳴器《カリルロン》に並んでいる鍵盤の列が、その印象に背景をなしていると思われた。それから、続いてダンネベルグ夫人の名を、丁抹国旗《ダーネブローグ》(Danebrog)と云い損ったのだが、それには明《あか》らさまに、武具室の全貌が現われているのだ。と云うのは、あの時伸子は、前庭の樹皮亭《ボルケンハウス》の中にいて、レヴェズの作った虹の濛気が、窓
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