烽フのように顔を背けていたが、云いはじめると、その陳述はテキパキ要領を得ていた。「曲目の第一が終って休憩に入りましたので、レヴェズ様は礼拝堂からお出でになりました。その時私は広間《サロン》を抜けて、廊下をこの室の方に歩いてまいりましたが、その私の後を跟《つ》けて、レヴェズ様も同様歩んでお出でになるのでした。しかし、それなり私は、この室《へや》の前を過ぎて換衣室の方に曲ってしまいましたけども、その曲り角でふと後を振り向きますと、レヴェズ様はこの室の前に突っ立ったままで、私の方を凝然《じっ》と見ているのでございます。それはまるで、私の姿が消えるのを待っているかのようでございました」
 それによると、レヴェズが自分からこの室に入ったと云っても、それには寸分も、疑う余地がないのであった。法水は次の質問に入った。
「それから、その時他の三人はどうしていたね?」
「それは御|各自《めいめい》に、一応はお室《へや》に引き上げられたようでございました。そして、曲目の次が始まるちょうど五分前頃に、三人の方はお連れ立ちになり、また伸子さんは、それから幾分遅れ気味にいらっしゃったよう、記憶しておりますが」
 それに、熊城が言葉を挾んで、「そうすると君は、その後に、この廊下を通らなかったのかい」
「はい、間もなく二番目が始まりましたので。御承知のとおり、この廊下には絨毯《じゅうたん》が敷いてございませんので、音が立ちますものですから、演奏中は表廊下を通ることになっておりますので」とレヴェズの不可解な行動を一つ残して、庄十郎の陳述はそれで終った。ところが、終りに彼は、ふと思い出したような云い方をして、「ああそうそう、本庁の外事課員と仰言《おっしゃ》る方が、広間《サロン》でお待ちかねのようでございますが」
 それから、殯室《モーチュアリー・ルーム》を出て広間に行くと、そこには、外事課員の一人が、熊城の部下と連れ立って待っていた。勿論その一つは、黒死館の建築技師――ディグスビイの生死いかんに関する報告だった。しかし、警視庁の依頼によって、蘭貢《ラングーン》の警察当局が、たぶん古い文書までも漁《あさ》ってくれたのであろう。その返電には、ディグスビイが投身した当時の顛末《てんまつ》が、かなり詳細にわたって記されてあった。それを概述すると、――一八八八年六月十七日払暁五時、波斯女帝号《エムプレス・オヴ・パーシャ》の甲板から投身した一人の船客があった。そして、たぶん首は、推進機に切断されたのであろうが、胴体のみはその三時間後に、同市を去る二マイルの海浜に漂着した。勿論、その屍体がディグスビイであるということは、着衣名刺その他の所持品によって、疑うべくもないのだった。
 次に熊城の部下は、久我鎮子《くがしずこ》の身分に関する報告をもたらした。それによると、彼女は医学博士八木沢節斎の長女で、有名な光蘚《ひかりごけ》の研究者久我|錠二郎《じょうじろう》に嫁ぎ、夫とは大正二年六月に死別している。勿論鎮子をその調査にまで導いていったものは、いつぞや法水が彼女の心像を発《あば》いて、算哲の心臓異変を知ることの出来た心理分析にあったのだ。また鎮子がそればかりでなく、早期埋葬防止装置の所在までも算哲から明かされているとすれば、当然両者の関係に、主従の墻《かき》を越えた異様なものがあるように思われたからである。しかし、八木沢という旧姓に眼が触れると、突然法水は異様な呼吸を始め、惑乱したような表情になった。そして、その報告書を掴むや、物も云わずに広間を出て、その足でつかつか図書室の中に入って行った。
 図書室の中には、アカンサス形をした台のある燭台が、ポツリと一つ点《とも》されているのみで、その暗鬱な雰囲気は、著作をする時の鎮子の習慣であるらしかった。しかし彼女は、いっこう何の感覚もなさそうに、凝《じ》っと入って来た法水を瞶《みつ》めている。その凝視は、法水に切り出す機会を失わせたばかりでなく、検事と熊城には、一種の恐怖さえももたらせてきた。やがて、彼女の方から、切れぎれな、しかも威圧するような調子で云い出した。
「ああ、判りましたわ。貴方がこの室《へや》にお出でになったという理由が……。ねえ、たぶんあれなんでしょう。いつかの晩、私はダンネベルグ様のお側におりましたわね。またその後惨事が起るその都度にも、私は一度だって、この図書室から離れていたことはございませんでした。ねえ法水さん、いつかは貴方が、その逆説的効果に、お気づきなさらずにはいまいと考えておりましたわ」
 その間、法水の眼が一秒ごとに光を増して、相手の意識を刺し通すような気がした。彼は身体を捻《ね》じ向けて、ちょっと微笑みかけたが、それは中途で消えてしまった。
「いやけっして、そんな甘い插話《エピソード》ではないのです。僕
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