sつる》されている身体《からだ》が、独楽《こま》みたいに廻りはじめるだろう。勿論それによって、革紐がクルクル撚《よじ》れてゆく。そして、それが極限に達すると、今度は逆戻りしながら解《ほど》けてゆくのだ。つまり、その廻転が十数回となく繰り返されるので、自然撚り目の最極の所に結節が出来、それがレヴェズの頸筋《くびすじ》を、強く圧迫したからなんだよ」
 そうして、事象としては完全な説明がついたものの、なんとなく法水には、それが独り占いのように思えてならなかった。彼は依然暗い顔のままで、無暗《むやみ》と莨《たばこ》を烟《けむ》にしながら考えに耽《ふけ》っていた。――博士《ドクター》ファウスト別名《エーリアス》オットカール・レヴェズが、人生を煙のように去った。しかし、それは何故であるか。
 それから、一応ここで検屍を行うことになったが、まず前室の扉《ドア》の鍵が、衣袋《ポケット》の中から発見された。ところが、その直後――ひしゃげ潰《つぶ》れたレヴェズの襟布《カラー》をはずした時に、思いがけなく、その下から三人の眼を激しく射返したものがあった。ついに、レヴェズの死が論理的に明らかとなった。ちょうど軟骨の下――気管の両側の辺りに、二つの拇指の痕《あと》が、まざまざと印されていたのである。しかも、その部分に当る頸椎《けいつい》に脱臼が起っていて、疑いもなくレヴェズの死因は、その扼殺《やくさつ》によるもので……、恐らくそうしてから、絶命に刻々と迫ってゆく身体を、犯人は吊し上げたのであろう――と断ぜねばならなくなってしまった。すでに明白である――局面は再び鮮かな蜻蛉《とんぼ》返りを打った。しかし、それには右指の方にきわだった特徴があって、その方にのみ、爪の痕がいちじるしく印されている。そして、指頭の筋肉に当る部分が、薄っすらと落ち窪んでいて、それが何か腫物《はれもの》でも、切開した痕らしく思われるのだった。しかし、勿論それで、レヴェズの自殺心理に関する疑念だけは、一掃されたけれども、一方鍵の発見によって、疑問はさらに深められるに至った。
 すでにこの局面には、否定も肯定もいっせいに整理されていて、そこには幾つかの、とうてい越え難い障壁が証明されているのだった。恐らく犯人は、レヴェズを前室に引き込んで扼殺《やくさつ》し、その屍体を奥の屍室の中に担ぎ入れたのであろう。しかし、前室の鍵が、被害者の衣袋《ポケット》の中に蔵《しま》われているにもかかわらず、その扉を、いかにして犯人は閉じたのであろうか。また、屍室に残されている足跡にも、レヴェズ以外のものがないばかりでなく、顔面表情も自殺者特有のもので、それに恐怖驚愕と云うような、情緒が欠けているのは何故であろうか。もっとも、横廊下に開いている聖趾窓《ピイド・ウインドウ》には、その上段だけが透明な硝子になっているけれども、一面に厚い埃の層で覆われていて、それには脱出の方法を、想起し得る術《すべ》もないのだった。したがって、|紋章のない石《クレストレッス・ストーン》――に、解答のすべてがかけられてしまったのも、是非ないことである。検事は屍体の髪を掴んで、その顔を法水に向けた。そして、彼がかつてレヴェズに対して採ったところの、酷烈きわまりない手段を非難するのだった。
「法水君、この局面の責任は、当然君の、道徳的感情の上に掛ってくるんだ。なるほど、あの際の心理分析から、君は地精《コボルト》の札の所在《ありか》を知ることが出来た。また、危く闇から闇に葬られるところだった――この男と、ダンネベルグ夫人との恋愛関係も、君の透視眼が剔抉《てっけつ》したのだ。けれども、レヴェズは君の詭弁に追い詰められて、自分の無辜《むこ》を証明しようとした結果、護衛を断ったんだぜ」
 それには、法水も真向から反駁《はんばく》することは出来なかった。敗北、落胆、失意――希望のすべてが彼から離れてしまったばかりでなく、さながら永世の重荷となるような暗影が、一つ心の一隅に止まってしまった。たぶんその幽霊は、法水に絶えずこう囁《ささや》くことだろう、――お前がファウスト博士をして、レヴェズを殺させたのだ――と。しかし、レヴェズの気管を強圧した二つの拇指痕《ぼしこん》は、この場合、熊城に雀躍《こおど》りさせたほどの獲物だった。それでさっそく、家族全部の指痕を蒐集することになったが、その時、一人の召使《バトラー》を伴った私服が入って来た。その召使《バトラー》というのは、以前易介事件の際にも、証言をしたことのある古賀庄十郎という男で、今度も休憩中に、レヴェズの不可解な挙動を目撃したと云うのだった。
「君が最後にレヴェズを見たと云うのは、何時頃だね」とさっそくに法水が切り出すと、
「はい、たしか八時十分頃だったろうと思いますが」と最初は屍体を見まいとする
前へ 次へ
全175ページ中153ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング