sモーチュアリー・ルーム》の中へ落ち込ませたに相違ない。そこで、扉《ドア》を開くことになったが、それには鍵が下りていて、押せど突けども、微動《みじろぎ》さえしないのである。熊城は恐ろしい勢いで、扉《ドア》に身体を叩きつけたが、わずかに木の軋《きし》る音が響いたのみで、その全身が鞠《まり》のように弾《はじ》き返された。すると、熊城は、身体を立て直して、さながら狂ったような語気で叫んだ。
「斧《おの》だ! この扉《ドア》がロッビアだろうが左甚五郎の手彫りだろうが、僕は是《ぜ》が非でも叩き破るんだ」
 そうして斧が取り寄せられて、まず最初の一撃が、把手《ノッブ》の上のあたり――羽目《パネル》を目がけて加えられた。木片が砕け飛んで、旧式の槓杵《タンブラー》錠装置が、木捻《もくねじ》ごとダラリと下った。すると意外にも、その楔形《くさびがた》をした破れ目の隙から、濛々たる温泉のような蒸気が迸《ほとばし》り出たのだった。
 その瞬間、一同は阿呆のような顔になって、立ち竦《すく》んでしまった。その湯滝の蔭に、たといいかなる秘計が隠されていようと、それはこの場合問題ではない。また、幻想を現実に強《し》いようとするのが、ファウスト博士の残虐な快感であるかもしれないが、ともあれ眼前の奇観には、魂の底までも陶酔せずには措《お》かない、妖術的な魅力があった。扉《ドア》が開かれると、内部《なか》は一面の白い壁で、さながら眼球を爛《ただ》らさんばかりの熱気である。しかし、その時熊城が、扉の側にある点滅器を捻《ひね》り、またその下の電気|煖炉《ストーブ》に眼を止めて、|差込み《プラグ》を引き抜いたので、やがて濛気と高温が退散するにつれ、室の全貌がようやく明らかになった。
 つまりこの一劃は、殯室《モーチュアリー・ルーム》で云うところのいわゆる前室に当るもので、突き当りの扉《ドア》の奥が、公教《カトリック》の戯言《ぎげん》で霊舞室《おどりば》と呼ばれる中室になっていた。そして、隅に明いている排水孔から、落ち込んだ水が流れ出ているのである。また、中室との境界《さかい》には、装飾のない厳《いか》めしい石扉《いしど》が一つあって、側《かたわら》の壁に、古式の旗飾りのついた大きな鍵がぶら下っていた。その扉《ドア》には鍵が下りてなく、石扉特有の地鳴りのような響を立てて開かれた。ところが、不思議なことには、前室が爛《ただ》れんばかりの高温にもかかわらず、今や前方に開かれてゆく闇の奥からは、まるで穴窟《あなぐら》のような空気が、冷やりと触れてくるのだ。そして、扉《ドア》が一杯に開ききられたとき、その薄明りの中から、法水は自分の眼に、眩《くら》み転《まろ》ばんばかりの激動をうけたのだった。パッと眼を打ってきた白毫《びゃくごう》色の耀きがあって、思わず彼は、前方の床を瞶《みつ》めたまま棒立ちになってしまった。それはけっして、この僧院造り特有の、暗い沈鬱な雰囲気《ムード》が、彼に及ぼした力ではなかったのだ。
[#礼拝堂付近の図(fig1317_49.png)入る]
 そこの床上一面には、数十万の白|蚯蚓《みみず》を放ったかと思われるような、細い短い曲線が無数にのたうち交錯していて、それが積り重なった埃《ほこり》の上で、地の灰色を圧していて、清冽な――しかし見ようによっては、妙に薄気味悪く粘液的にも思われる白光を放っているのだった。――それは、瞶《みつ》めていると、視野に当る部分だけが、荘厳な紋章模様《ブレゾンリー》のような形になって、宙に浮び上り、パッと眼に飛びついてくるのだ。その光は、さながらゴットシャルク([#ここから割り注]第一十字軍以前の先発隊を率いた独逸の修道僧[#ここで割り注終わり])の見た、聖《セント》ヒエロニムスの幻のように思われる。しかも、その無数の線条は、ほとんど室《へや》全体の床にわたっていて、濛気で堆塵の上に作られた細溝には相違ないけれども、不思議なことに、天井や周囲の壁面には、それと思《おぼ》しい痕跡が残されていない。そればかりでなく、さらに床を横合から透かしてみると、まるで月世界の山脈か沙漠の砂丘としか思われぬような起伏が、そこにもまた無数と続いているのだった。それ等は、いかなる名工といえどもとうてい及び難い、自然力の微妙な細刻に相違ないのである。
 その室《へや》は石灰石の積石で囲まれていて、艱苦《かんく》と修道を思わせるような沈厳な空気が漲《みなぎ》っていた。突き当りの石扉の奥が屍室で、その扉《ドア》面には、有名な聖《セント》パトリックの讃詩《ヒム》――「|異教徒の凶律に対し、また女人・鍛工及びドルイド呪僧の呪文に対して《アゲインスト・ブラックロウス・オヴ・ゼ・ヒイズン・アンド・アゲインスト・ゼ・スペルス・オヴ・ウイミン・スミスス・アンド・ドルイズ
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