ケと解釈するのだ。つまり、ここまでのところでは、dが母音pが子音の、それぞれ冠頭を占める文字に当て嵌《はま》ることになるけれども、しかし、第四節と第六節でもって、それをさらに訂正しているのだ。
[#ここから4字下げ]
(作者より――。次の行から現われる暗号の説明が、幾分|煩瑣《はんさ》に過ぎるかと思われますので、相互の識別を容易ならしむるために、暗号の部類に属する欧文活字を、ゴシック体で現わしておきました。どうかそのおつもりで)
[#ここで字下げ終わり]
ところで、第四節には臍《ほぞ》という一字があるけれども、それを全体の中心[#「全体の中心」に傍点]という意味に解釈するのだ。つまり、p[#「p」は太字]を子音の首語であるb[#「b」は太字]に当てて、bcdf[#「bcdf」は太字]……の下へpqrs[#「pqrs」は太字]と符合させてゆくと、n[#「n」は太字]に当るb[#「b」は太字]が、p[#「p」は太字]から最終のn[#「n」は太字]までの、どっちから数えてもちょうど中央に当る理屈になる――それが臍《ほぞ》という一字に表象をなしているのだ。そうすると、第四節の前半には、臍《ほぞ》から上の影は自然の形で背後に落ちる――とあるのだから、b[#「b」は太字]からn[#「n」は太字]――すなわちp[#「p」は太字]からb[#「b」は太字]までは、依然そのままで差支えないのだ。けれども、続く後半になると、変化が起ってくる。
臍《ほぞ》より下の影が、差してくる陽に逆らって前方に投影するという文章の解釈は、影――すなわちABC《アルファベット》の順序を、今度は逆にしろという暗示に相違ないのだ。そこで、前半の排列をそのままに進めてゆけば、当然nの次のpに符合するのが、b[#「b」は太字]の次のc[#「c」は太字]になる順序だ。けれども、それを転倒させて、最終のzに当るはずのn[#「n」は太字]を、pに当てるのだ。したがって、pqrsに対してcdfg[#「cdfg」は太字]――とするところを、nmlk[#「nmlk」は太字]……と、尻から逆立ちにした形で符合させてゆく。だから結局、子音の暗号が、次のような排列になってしまうのだよ。
[#ここから2字下げ]
bcdfghjklmnpqrstvwxyz[#「bcdfghjklmnpqrstvwxyz」は太字]
pqrstvwxyzbnmlkjhgfde[#「pqrstvwxyzbnmlkjhgfde」は太字]
[#ここで字下げ終わり]
それから、続いて第六節では、エヴ姙《みごも》りて女児を生む――という文章に意味がある。と云うのは、エヴすなわちdの次の時代――つまりabcdと数えて、dの次のeを暗示しているのだ。そして、それに第七節の解釈を加えると、eが母音の首語aに当ることになるのだから、aeiouをeioua[#「eioua」は太字]と置き換えたものが、結局母音の暗号になってしまうのだ。そうすると、あの秘密記法《クリプトメニツェ》の全部が、crestless《クレストレッス》 stone《ストーン》――となる。それで、まず解読を終ったという訳さ」
「なに、クレストレッス・ストーン※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と検事は思わず、頓狂な叫び声を立てた。
「そうなんだ、曰く紋章のない石――さ。君は、ダンネベルグ夫人が殺された室《へや》を見て、そこの壁炉[#「壁炉」に傍点]が、紋章を刻み込んだ石で、築かれていたのに気がつかなかったかね」と法水はそう云って、出しかけた莨《たばこ》を再び函《ケース》の中に戻してしまった。その瞬間、あらゆるものが静止したように思われた。
ついに、黒死館事件の循環論の一隅が破られ、その鎖の輪の中で、法水の手がファウスト博士の心臓を握りしめてしまった――ああ閉幕《カーテン・フォール》。
それがちょうど六時のことで、戸外にはいつしか煙のような雨が降りはじめていた。その夜黒死館には、年一回の公開演奏会が催されていて、毎年の例によれば、約二十人ほど音楽関係者が招待されることになっていた。会場はいつもの礼拝堂で、特にその夜に限り、臨時に設備された大|装飾灯《シャンデリア》が天井に輝いているので、いつか見た、微かにゆらぐ灯の中から、読経や風琴《オルガン》の音でも響いてきそうな――あの幽玄な雰囲気は、その夜どこへかけし飛んでしまったかのように思われた。
けれども、その扇形をした穹窿《きゅうりゅう》の下には、依然中世的好尚が失われていなかった。楽人はことごとく仮髪《かつら》を附け、それに眼が覚《さめ》るような、朱色の衣裳を着ているのである。法水一行が着いた時は、曲目の第二が始まっていて、クリヴォフ夫人の作曲に係《かか》わる、変ロ調の竪琴《ハープ》と絃楽三重奏が、
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