A犯人は弦の中に隠しておいたのだよ。ところで、よく無意識に子供などがやる力学的な問題だが、元来弓というものは、弦を縮めてそれを瞬間|弛《ゆる》めたにしても、通例引き絞って、発射したと同様の効果があるのだ。つまり犯人は、あらかじめ弦の長さよりも短いラミイ――それも長さの異なる二本を使って、その最も短い一本で、その長さまでに弦を縮めたのだ。無論外見上も、撚り目を最極まで固くすれば、不審な点は万々にも、残らないと思うのだがね。そして、そこへ犯人が、あの窓から招き寄せたものがあったのだ」
「しかし、火精《ザラマンダー》ではあの虹が……」と検事は、眩惑されたように叫んだ。
「うん、その火精《ザラマンダー》だが……かつて、水罎《みずびん》に日光を通すという技巧を、ルブランが用いた。けれども、その手法は、すでに、リッテルハウスの、『|偶発的犯罪に就いて《ユーベル・ディ・ナツユルリッヘン・フェルブレッヘン》』の中に、述べられてある。しかし、この場合は、その水罎に当るものが、窓硝子の焼泡にあったのだよ。つまり、それがあの上下窓の中で、内側のものの上方にあって、いったんそこへ集った太陽の光線が、外側の窓枠にある刳《く》り飾り――知っているだろうが、錫張《すずば》りの盃形《さかずきがた》をしたものに集中したのだ。したがって、そこから弦の間近に焦点が作られるので、当然壁の石面に熱が起らねばならない。そして、弦には異常はなくても、まず変化しやすいラミイの方は、組織が破壊されるのだ。ところが、そこに、犯人の絶讃的な技巧があったのだよ。と云うのは、二本のラミイの長さを異にさせた事と、また、それを弦《つる》の中で甘瓢《かんぴょう》形に組み、その交叉している点を弦の最下端――つまり、弓の本弭《もとはじ》の近くに置いたという事なんだ。すると、最初に焦点が、その交叉点よりやや下方に落ちて、まず弦よりやや短い一本が切断される。そうすると、幾分弦が弛むだろうから、その反動で撚《よ》り目が釘からはずれ、したがって弩《ど》が壁から開いて、当然そこに角度が作られなければならない。それから、太陽の動きにつれて焦点が上方に移ると、今度は弦を、その長さまでに縮めた最後の一本が切断される。そこで、箭《や》が発射されて、その反動で弩が床の上に落ちたのだよ。勿論床に衝突した際に、把手《ハンドル》が発射された位置に変ったのだろうけれど、元来|把手《ハンドル》による発射ではなく、また、ラミイの変質した粉末も、ついに弦の中から洩れることがなかったのだ。ああクリヴォフ――あのカウカサス猶太人《ジュウ》は、たしかグリーン家のアダの故智を学んだのだ。しかし、最初は恐らく、背長椅子《バルダキン》に当てるくらいのところだったろう。ところが、その結果偶然にも、あの空中|曲芸《サーカス》を生んでしまったものだ」
まさに法水の独擅場《どくせんじょう》だった。しかし、それには一点の疑義が残されていて、それをすかさず検事が衝《つ》いた。
「なるほど、君の理論には陶酔する。また、それが現実にも実証されている。しかし、とうていそれだけでは、クリヴォフに対する刑法的意義が十分ではないのだ。要するに、問題と云うのは、その二重の反射に必要な窓の位置にあるのだよ。つまり、クリヴォフか伸子か――そのどっちかの道徳的感情にある訳じゃないか」
「それでは、伸子の演奏中に、幽霊的な倍音を起させたのは……。事実支倉君、あの間に、鐘楼から尖塔へ行く、鉄梯子を上った者があったのだ。そして、中途にある、十二宮の円華窓《えんげまど》に細工して、あの楽玻璃《グラス・ハーモニカ》めいた、裂罅《ひび》を塞《ふさ》いでしまったのだよ」と法水は峻烈な表情をして、再び二人の意表に出た。ああ、黒死館事件最大の神秘と目されていた――あの倍音の謎は解けたのだろうか。法水は続けた。「しかし、その方法となると、一つの射影的な観察があるにすぎない。つまり、鐘楼の頭上には円孔が一つ空いていて、その上が巨きな円筒となり、その左右の両端が十二宮の円華窓になっている。その円筒の理論を、オルガン管《パイプ》にさえ移せばいいのだよ。何故なら、両端が開いている管《パイプ》の一端が閉じられると、そこに一音階《ワン・オクターヴ》上の音が、発せられるからなんだ。しかし、それ以前に犯人は、鐘楼の廻廊にも現われていた。そして、風精《ジルフス》の紙片を貼り付けた――三つあるうちの中央の扉《ドア》を、秘《こっ》そりと閉めたのだったよ。何故なら支倉君、君はレイリー卿が、この世には生物の棲《す》めない音響の世界がある――と云った言葉を知っているかね」
「なに、生物の棲めない音響の世界※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と検事は眼を円くして叫んだ。
「そうなんだ。それが、実に凄愴《せいそう》をき
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