《けこきょう》」等の仙術神書に関するものも見受けられた。しかし、魔法本では、キイゼルヴェターの「スフィンクス」、ウェルナー大僧正の「イングルハイム呪術《マジック》」など七十余りに及ぶけれども、大部分はヒルドの「|悪魔の研究《エチュード・スル・レ・デモン》」のような研究書で、本質的なものは算哲の焚書《ふんしょ》に遇ったものと思われた。さらに、心理学に属する部類では、犯罪学、病的心理学心霊学に関する著述が多く、コルッチの「|擬佯の記録《レ・グラフィケ・デラ・シムラツオネ》」リーブマンの「|精神病者の言語《ディ・シュプラヘ・デス・ガイステスクランケン》」、パティニの「蝋質撓拗性《フレシビリタ・チェレア》」等病的心理学の外に、フランシスの「|死の百科辞典《エンサイクロペジア・オヴ・デッス》」、シュレンク・ノッチングの「犯罪心理及精神病理的研究《クリミナルサイコロジイ・アンド・サイコパソロジック・スタディ》」、グアリノの「|ナポレオン的面相《ファキス・ナポレオニカ》」、カリエの「|憑着及殺人自殺の衝動の研究《コントリビュション・ア・レチュード・デ・ゾプセッシヨン・エ・デ・ザムプルシヨン・ア・ロミシイド・エ・オー・スイシイド》」、クラフト・エーヴィングの「裁判精神病学教科書《レールブッフ・デル・ユリスティッシェン・プシヒョパトロギイ》[#ルビの「レールブッフ・デル・ユリスティッシェン・プシヒョパトロギイ」は底本では「レールブッフ・デル・ユリスティッシェン・・プシヒョパトロギイ」]」、ボーデンの「|道徳的癡患の心理《ディ・プシヒョロギイ・デル・モラリッシェ・イディオチイ》」等の犯罪学書。なお、心霊学でも、マイアーズの大著「|人格及びその後の存在《ヒューマン・パーソナリチー・エンド・サーヴァイヴァル・オヴ・ボディリー・デッス》」サヴェジの「|遠感術は可能なりや《キャン・テレパシイ・エキスプレイン》」ゲルリングの「催眠的暗示《ハンドブッフ・デル・ヒプノチッシェン・ズゲスチヨン》」シュタルケの奇書「霊魂生殖説《トラデュチアニスムス》」までも含む尨大《ぼうだい》な集成だった。そして、医学、神秘宗教、心理学の部門を過ぎて、古代文献学の書架の前に立ち、フィンランド古詩「カンテレタル」の原本、婆羅門音理字書「サンギータ・ラトナーカラ」、「グートルーン詩篇」サクソ・グラムマチクスの「丁抹史《ヒストリア・ダニカ》」等に眼を移した時だった。鎮子がようやく、鎮魂楽《レキエム》の原譜を携えて現われた。その譜本は、焦茶色に変色していて、かえって女王《クイン》アンの透し刷が浮いて見え、歌詞はほとんど判らなかった。法水は手に取ると、さっそく最終の頁に眼を落したが、
「ハハア、古式の声音符記号で書いてあるな」と呟《つぶや》いただけで、無雑作に卓子《テーブル》の上に投げ出した。そして、鎮子に云った。「ところで久我さん、貴女は、この部分に何故弱音器符号を付けたものか、御承知ですか?」
「存じませんとも」鎮子は皮肉に笑った。「Con《コン》 sordino《ソルディノ》 には、弱音器を附けよ――以外の意味があるのでしょうか。それとも、Hom《ホモ》 Fuge《フゲ》(人の子よ逃れ去れ)とでも」
 法水は、鎮子の辛辣《しんらつ》な嘲侮《ちょうぶ》にもたじろがず、かえって声を励ませて云った。
「いや、かえって|此の人を見よ《エッケ・ホモ》――の方でしょうよ。これは、ワグネルの『パルシファル』を見よ――と云っているのですからね」
「パルシファル※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」鎮子は法水の奇言に面喰《めんくら》ったが、彼は再びその問題には触れず、別の問いを発した。
「それから、もう一つ御無心があるのですが、レッサーの『|死後機械的暴力の結果に就いて《ユーベル・ディ・フォルゲ・デル・ポストモルタラー・メカニシェル・ゲヴァルトアインヴィルクンゲン》』がありましたら……」
「たぶんあったと思いますが」と鎮子はしばらく考えた後に云った。「もしお急ぎでしたら、彼方《あちら》の製本に出す雑書の中を探して頂きましょう」
 鎮子に示された右手の潜《くぐ》り戸を上げると、その内部の書架には、再装を必要とするものが無雑作に突き込まれていて、ただABC《アルファベット》順に列んでいるのみだった。法水は、Uの部類を最初から丹念に眼を通していったが、やがて、彼の顔に爽《さわや》かな色が泛《うか》んだと思うと、「これだ」と云って、簡素な黒布《クロース》装幀の一冊を抜き出した。見よ、法水の双眼には、異常な光輝が漲《みなぎ》っているではないか。この片々たる一冊が、はたして何ものを齎《もたら》そうとするのだろうか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] ところが、表紙を開くと、意外な事に、彼の顔をサッと驚愕《きょうがく》
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