察をしているかのような、口吻《こうふん》を洩らすと、熊城は驚いて、
「冗談じゃない。君はこの事件にけばけばしい装幀をしたいんだろうが、なんといっても、易介の口以外に解答があるもんか」と今にも館外からもたらせられるらしい、侏儒《こびと》の傴僂《せむし》の発見を期待するのだった。こうして、ついに易介の失踪は、熊城の思う壺どおりに確定されてしまったが、続いて法水は、問題の硝子の破片があるという附近《あたり》の調査と、さらに次の喚問者として、執事の田郷真斎《たごうしんさい》を呼ぶように命じた。
「法水君、君はまた拱廊《そでろうか》へ行ったのかね」私服が去ると、熊城はなかば揶揄《やゆ》気味に訊ねた。
「いや、この事件の幾何学量を確かめたんだよ。算哲博士が黙示図を描いたり、その知られてない半葉を暗示したについては、そこに何か、方向がなけりゃならん訳だろう」と法水はムスッとして答えたが、続いて驚くべき事実が彼の口を突いて出た。「それで、ダンネベルグ夫人を狂人《きちがい》みたいにさせた、怖ろしい暗流が判ったのだ。実は、電話でこの村の役場を調べたんだが、驚くじゃないか、あの四人の外人は去年の三月四日に帰化していて、降矢木《ふりやぎ》の籍に、算哲の養子養女となって入籍しているんだ。それにまだ遺産相続の手続がされていない。つまり、この館は未だもって、正統の継承者旗太郎の手中には落ちていないのだよ」
「こりゃ驚いた」検事はペンを抛り出して唖然となってしまったが、すぐに指を繰ってみて、「たぶん手続が遅れているのは、算哲の遺言書でもあるからだろうが、剰《あま》すところもう、法定期限は二ヶ月しかない。それが切れると、遺産は国庫の中に落ちてしまうんだ」
「そうなんだ。だから、そこにもし殺人動機があるものとすれば、ファウスト博士の隠れ蓑《みの》――あの五芒星《ペンタグラムマ》の円が判るよ。しかし、どのみち一つの角度《アングル》には相違ないけれども、なにしろ四人の帰化入籍というような、思いもつかぬものがあるほどだからね。その深さは並大抵のものじゃあるまい。いや、かえって僕は、それを迂闊《うかつ》に首肯してはならないものを握っているんだ」
「いったい何を?」
「先刻《さっき》君が質問した中の、(一)・(二)・(五)の箇条なんだよ。甲冑《かっちゅう》武者が階段廊の上へ飛び上っていて――、召使《バトラー》は聞えない音を聴いているし――、それから拱廊《そでろうか》では、ボードの法則が相変らず、海王星のみを証明出来ないのだがね」
そういう驚くべき独断《ドグマ》を吐き捨てて、法水は検事が書き終った覚書を取り上げた。それには、私見を交えない事象の配列のみが、正確に記述されてあった。
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一、死体現象に関する疑問(略)
二、テレーズ人形が現場に残せる証跡について(略)
三、当日事件発生前の動静
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一、早朝押鐘津多子の離館。
二、午後七時より八時――。甲冑武者の位置が階段廊上に変り、和式具足の二つの兜が取り替えられている。
三、午後七時頃、故算哲の秘書紙谷伸子が、ダンネベルグ夫人と争論せしと云う。
四、午後九時――。神意審問会中にダンネベルグは卒倒し、その時刻と符合せし頃、易介はその隣室の張出縁に異様な人影を目撃せりと云う。
五、午後十一時――。伸子と旗太郎がダンネベルグを見舞う。その折、旗太郎は壁のテレーズの額を取り去り、伸子はレモナーデを毒味せり。なお、青酸を注入せる洋橙《オレンジ》を載せたものと推察さるる果物皿を、易介が持参せるはその時なれども、肝腎の洋橙については、ついに証明されるものなし。
六、午後十一時四十五分頃。易介は最前の人影が落せしものを見て、裏庭の窓際に行き、硝子の破片並びにファウスト中の一章を記せる紙片を拾う。その間室内には被害者と鎮子のみなり。
七、同零時頃。被害者洋橙を喰す。
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なお、鎮子、易介、伸子以外の四人の家族には、記述すべき動静なし。
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四、黒死館既往変死事件について(略)
五、既往一年以来の動向
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一、昨年三月四日 四人の異国人の帰化入籍。
一、同 三月十日 算哲は日課書に不可解なる記述を残し、その日魔法書を焚くと云う。
一、同 四月二十六日 算哲の自殺。
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以来館内の家族は不安に怯《おび》え、ついに被害者は神意審問法により、その根元をなす者を究めんとす。
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六、黙示図の考察(略)
七、動機の所在(略)
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読み終ると法水は云った。
「この箇条書のうちで、第一
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