》んでいる拱廊《そでろうか》の中に入って行った。そして、円廊に開かれている扉際《とぎわ》に立ち、じっと前方に瞳を凝らしはじめた。円廊の対岸には、二つの驚くほど涜神《とくしん》的な石灰面《フレスコ》が壁面を占めていた。右側のは処女受胎の図で、いかにも貧血的な相をした聖母《マリヤ》が左端に立ち、右方には旧約聖書の聖人達が集っていて、それがみな掌《てのひら》で両眼を覆い、その間に立ったエホバが、性慾的な眼でじいっと聖母《マリヤ》を瞶《みつ》めている。左側の「カルバリ山の翌朝」とでも云いたい画因のものには、右端に死後強直を克明な線で現わした十字架の耶蘇《ヤソ》があり、それに向って、怯懦《きょうだ》な卑屈な恰好をした使徒達が、怖る怖る近寄って行く光景が描かれていた。法水は取り出した莨《たばこ》を、思い直したように函《ケース》の中に戻して、途方もない質問を発した。
「支倉君、君はボーデの法則を知っているかい――海王星以外の惑星の距離を、簡単な倍数公式で現わしてゆくのを。もし知っているのなら、それを、この拱廊《そでろうか》でどういう具合に使うね」
「ボーデの法則※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」検事は奇問に驚いて問い返したが、重なる法水の不可解な言動に、熊城と苦々しい視線を合わせて、「それでは、あの二つの画に君の空論を批判してもらうんだね。どうだい、あの辛辣《しんらつ》な聖書観は。たぶん、あんな絵が好きらしいフォイエルバッハという男は、君みたいな飾弁家じゃなかろうと思うんだ」
しかし、法水はかえって検事の言に微笑《ほほえみ》を洩らして、それから拱廊を出て死体のある室《へや》に戻ると、そこには驚くべき報告が待ち構えていた。給仕長川那部易介がいつの間にか姿を消しているという事だった。昨夜図書掛りの久我鎮子とともにダンネベルグ夫人に附添っていて、熊城の疑惑が一番深かったのであるが、それだけに、易介の失踪を知ると、彼はさも満足気に両手を揉みながら、
「すると、十時半に僕の訊問が終ったのだから、それから鑑識課員が掌紋を採りに行ったと云う――現在一時までの間だな、そうそう法水君、これが易介を模本《モデル》にしたというそうだが」と、扉の脇にある二人像を指差して、「この事は、僕には既《とう》から判っていたのだよ。あの侏儒《こびと》の傴僂《せむし》が、この事件でどういう役を勤めていたか――だ。
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