sモーチュアリー・ルーム》の中へ落ち込ませたに相違ない。そこで、扉《ドア》を開くことになったが、それには鍵が下りていて、押せど突けども、微動《みじろぎ》さえしないのである。熊城は恐ろしい勢いで、扉《ドア》に身体を叩きつけたが、わずかに木の軋《きし》る音が響いたのみで、その全身が鞠《まり》のように弾《はじ》き返された。すると、熊城は、身体を立て直して、さながら狂ったような語気で叫んだ。
「斧《おの》だ! この扉《ドア》がロッビアだろうが左甚五郎の手彫りだろうが、僕は是《ぜ》が非でも叩き破るんだ」
 そうして斧が取り寄せられて、まず最初の一撃が、把手《ノッブ》の上のあたり――羽目《パネル》を目がけて加えられた。木片が砕け飛んで、旧式の槓杵《タンブラー》錠装置が、木捻《もくねじ》ごとダラリと下った。すると意外にも、その楔形《くさびがた》をした破れ目の隙から、濛々たる温泉のような蒸気が迸《ほとばし》り出たのだった。
 その瞬間、一同は阿呆のような顔になって、立ち竦《すく》んでしまった。その湯滝の蔭に、たといいかなる秘計が隠されていようと、それはこの場合問題ではない。また、幻想を現実に強《し》いようとするのが、ファウスト博士の残虐な快感であるかもしれないが、ともあれ眼前の奇観には、魂の底までも陶酔せずには措《お》かない、妖術的な魅力があった。扉《ドア》が開かれると、内部《なか》は一面の白い壁で、さながら眼球を爛《ただ》らさんばかりの熱気である。しかし、その時熊城が、扉の側にある点滅器を捻《ひね》り、またその下の電気|煖炉《ストーブ》に眼を止めて、|差込み《プラグ》を引き抜いたので、やがて濛気と高温が退散するにつれ、室の全貌がようやく明らかになった。
 つまりこの一劃は、殯室《モーチュアリー・ルーム》で云うところのいわゆる前室に当るもので、突き当りの扉《ドア》の奥が、公教《カトリック》の戯言《ぎげん》で霊舞室《おどりば》と呼ばれる中室になっていた。そして、隅に明いている排水孔から、落ち込んだ水が流れ出ているのである。また、中室との境界《さかい》には、装飾のない厳《いか》めしい石扉《いしど》が一つあって、側《かたわら》の壁に、古式の旗飾りのついた大きな鍵がぶら下っていた。その扉《ドア》には鍵が下りてなく、石扉特有の地鳴りのような響を立てて開かれた。ところが、不思議なことには、前室
前へ 次へ
全350ページ中293ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング