ウん、私がもしデイシャス([#ここから割り注]沙翁の「ジュリアス・シーザー」の中でブルタスの一味[#ここで割り注終わり])でしたら、さしずめこの場合は、羽織の環《かん》にこう申すところでしょうよ。|一角獣は樹によって欺かれ《ザット・ユニコーンス・メイ・ビイ・ビトレイド・ウイズ・トリース》、|熊は鏡により《アンド・ベアス・ウイズ・グラセッス》、|象は穴によって《エレファンツ・ウイズ・ホールス》――と」
そこで、とりあえず開閉器《スイッチ》の内部《なか》を調べることになった。ところがその結果は予期に反して、それには電障の形跡がないばかりでなく、把手《つまみ》を捻《ひね》って電流を通じても、大|装飾灯《シャンデリヤ》は依然闇の中で黙したままである。実に、それが紛糾混乱の始まりとなって、ついに問題は礼拝堂を離れてしまった。法水も、本開閉器《メインスイッチ》の所在を津多子に訊《ただ》す前に、なにより彼の早断を詫びなければならなかった。津多子は気勢を収めて、率直に答えた。
「その室《へや》は、礼拝堂から廊下一重の向うにございまして、以前は殯室《モーチュアリー・ルーム》([#ここから割り注]中世貴族の城館で、塗油式を行う前に屍体を置く室[#ここで割り注終わり])だったのでございます。しかし、現在では改装されておりまして、雑具を置く室になっておりますが」
ところが、広間《サロン》を横切って廊下を歩んで行くにつれて、水流の轟きはいよいよ近くに迫ってくる。そして、目指す殯室《モーチュアリー・ルーム》の手前まで来ると、その――耶蘇大苦難《クルシフィクション》に、聖パトリック十字架のついた扉《ドア》の彼方から、おどろと落ち込んでいる水音が湧き上ってきた。と同時に、彼等の靴を微かに押しやりながら、冷やりと紐穴から這い込んできたものがあった。
「あっ、水だ!」と熊城は、思わず頓狂な叫び声を立てたが、跳び退《の》いた機《はず》みに蹌踉《よろめ》いて、片手を左側にある洗手台《せんしゅだい》で支えねばならなかった。しかし、それで万事が瞭然《りょうぜん》となった。すなわち、扉《ドア》向うの壁に、三つ並んでいる洗手台の栓《せん》を開け放しにして、そこから溢れてくる水に、自然の傾斜を辿《たど》らせたのだった。そして、扉《ドア》の閾《しきい》に明いている、漆喰《しっくい》の欠目から導いて、その水流を殯室
前へ
次へ
全350ページ中292ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング