ヘ、彼女が座席についた頃に実現されるであろう。そして、その時間の隔りによって、ゆうに暗影の一隅を覆うことが出来るのである。
 押鐘津多子《おしがねつたこ》――あの大正中期の大女優は、それ以外のどんな鎖の輪にも、姿を現わさないにもせよ、すでに事件最初の夜、古代時計室の鉄扉を内部《なか》から押し開いていて、ダンネベルグ事件に拭うべからざる影を印しているのである。しかも、事件中人物の中で最も濃厚な動機を持ち、現に彼女は、最前列の座席を占めていたではないか。こうして、幾つかの因子《ファクター》を排列しているうちに、法水は噴《ふ》っと血腥《ちなまぐさ》いような矢叫《やさけ》びを、自分の呼吸の中に感じたのであった。しかし、召使《バトラー》に燭台を用意させて、開閉器《スイッチ》の側《かたわら》に近づいてみると、そこに思いがけない発見があった。と云うのは、開閉器《スイッチ》の直下に当る床の上に、和装の津多子以外にはない、羽織紐の環《かん》が一つ落ちていたからだった。
「夫人《おくさん》、この羽織紐の環《かん》は、ひとまずお返ししておきましょう[#「お返ししておきましょう」は底本では「お返しておきましょう」]。しかし、たぶん貴女《あなた》なら、この開閉器《スイッチ》を捻《ひね》ったのが誰だか――御存じのはずですがね」とまず津多子を喚《よ》んで、法水はこう速急に切りだした。けれども、相手はいっこうに動じた気色もなく、むしろ冷笑を含んで、津多子は云い返した。
「お返し下さるなら、頂いておきますわ。ですけれど法水さん、やっとこれで、|善行悪報の神《ムタビヌチオ》の存在が私に判りましたわ。何故かと申しますなら、暗闇の中から呻吟《うめき》の声が洩れた瞬間に、私の頭へこのスイッチの事が閃《ひらめ》いたのでした。もし、人手を借らず把手《つまみ》が捻れるものでしたら、必ずこの蓋の内部に、何か陰険な仕掛が秘められていなければなりません。また、それがもし事実だとすれば、恐らく闇を幸いに、犯人がその仕掛を取り戻しに来るだろうと思いました。そう考えると、それまでは思いもよらなかった決意が浮んでまいりまして、そこで私、逸早く座席を外して、この場所にまいったのでございます。そして、自分の背でこの開閉器《スイッチ》を覆うていて、いま貴方がお見えになるまで、ずうっとこの場所に立っていたのでございました。ですから法水
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