から下りて、十分許り池の畔で彼女に遇った。然し、幾ら世事に迂遠な僕でも、密会に均しい場所で誰が莨なんぞ喫うもんか! 以上君の質問にお答えしておく。独身の画描きに確実な不在証明のないと云う事は、万々承知の上だけれども、正直が最善の術策なり――と信ずるが故に……。
 読み終って、法水は悔む様な苦笑をした。
「友情を裏切って、カマをかけて……そして判ったのは、柳江が云えなかったものだけだったよ。態を見ろ法水!」
 それから、彼は独りで池の対岸に行き、水門の堰を調べてから、探し物でもする様な恰好で、俯向きながら歩いていたが、やがて一本の蓮の花を手に戻って来た。
「妙なものを見付けて来たよ」そう云って、花弁を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り取ると、中には五、六匹の蛭が蠢いていた。
「堰近くにあったのだが、どうだ良い匂いがするだろう。タバヨス木精《レセタ》蓮と云う熱帯種でね。此の花は夜開いて昼|萎《しぼ》むのだよ。そして、閉じられた花弁の中に蛭がいたとすると、犯人が池の向岸で何をしたか解る筈だがねえ」
「……」検事と熊城は、莨の灰が次第に長くなって行くけれども、遂に答えられ
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