った。
 柳江が去ると、熊城は妙な片笑いを泛べて、
「聴かなくても、君には判っているのだろう」
「サア」法水は曖昧な言葉で濁したが、「然し、似れば似たものさ。勿論偶然の相似だろうが、この顔が実に伎芸天女そっくりだとは思わんかね」
「それより法水君」検事が莨を捨てて坐り直した。「君は何故、押絵の左眼を気にしているんだ?」
 それを聴くと、法水は突然《いきなり》熊城を促して閾際に連れて行き、板戸を少し開いて云った。
「では、実験をする事にしようかな。昨夜、此の室に秘《こ》っそり侵入したものがあって、その時眼の膜がどうして落ちたかと云う……」
 そして、彼自身がまず閾の上に乗って力を加え、片手で板戸を押したが、板戸は非度い音を立てて軋った。所が、次に熊城を載せると、今度は滑らかに走る。と同時に、押絵を見ていた検事がウーンと唸った。
「どうだい。閾《しきい》の下った反動で長押の押絵がガクンと傾いたろう。その機《はず》みに剥れかかっていた膜が落ちたのだよ。熊城君は十八貫以上もあるだろうが、僕等程度の重量では、戸が軋らずに開く程閾が下らない。つまり、戸を軋らさせずこの室に入る事の出来る者は、熊城君
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