で御座います」
「所が、その時とうに、御主人は玄白堂の中で屍体になってた筈なんですがね」
「それを私にお訊ねになるのは無理で御座いますわ」柳江には全然無反響だった。「決して、虚偽《いつわり》でも幻覚でも御座いませんのですから」
「すると、扉が開かれていた事になる」熊城が誰にともなしに云った。「慈昶はピッタリ閉めて出たと云うのだがね」
「屹度、護摩の煙が罩もったからだろう」法水は大して気にもせず質問を続けた。「所で、その時何か変った点に気が付きませんでしたか?」
「ただ、護摩の煙が大分薄いな――と思った位の事で、主人は行儀よく坐って居りましたし、他には何処ぞと云って……」
「では、帰りにはどうでした?」
「帰り途は、薬師堂の裏を通りましたので……。それから十一時半頃でしたが、主人の室の方で歩き廻るような物音が致しました。私は、その時戻ったのだと信じて居りましたのですが」
「跫音※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」法水は強い動悸を感じたような表情をしたが、「然し、寝室の別なのは?」
「それには、この二月以来の主人をお話しなければなりませんが」と柳江は漸と女性らしい抑揚になって、声を慄わせた
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