たものを当然欠いてはならないと思うよ」
「ウン、僕も先刻から気が付いているのだ。おまけに、どの孔の前にも蜘蛛の巣が破れている」法水は鳥渡当惑の色を泛べて云ったが、その顔をクルッと熊城に向けて、
「関係者を訊問して何か収穫があったかね」
「所が、動機らしいものを持った人物が一人もいない始末だが、その代り、どれもこれも、一目で強烈な印象をうける――宛然《まるで》仮面舞踏会なんだよ。然し、そう云う連中が、神経病患者の行列ではなくて、真実芝居しているのだとすると、その複雑さは君でも到底読み切れまいと思うがね。とにかく訊問してみ給え。恰度今し方、この傷口にピッタリと合う彫刻用の鏨が、同居人の厨川朔郎《くりやがわさくお》と云う洋画学生の室で発見された所なんだ」
一同は本堂に向ったが、その途中、瀝青色をした大池の彼方に、裏手の雫石家の二階が倒影している。本堂の左端にある格子扉をあけると、四坪程の土間から黒光りした板敷に続き、次の陰気な茶の間を通って、廻り縁から渡り廊下で連なっているのが、厨川朔郎の室である。
然し其処には、不似合に大きな柱時計と画布《カンバス》や洋画道具の外に、蔵書と蓋の蝶番が壊
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