の細い可熔線《フューズ》はその場で切れてしまって、残った太目の一本だけが、二回目の時に、ボーンと一つ鳴ったって訳さ」
「いや、実に奇抜な趣向です。しかし、一体それは、貴方の独創なのですか」朔郎は膏汗をタラタラ流し、辛くも椅子の背で倒れるのを支えていたが、強いて嘲ける様な表情を作った。
「いや、君の鳥渡した手脱りからだよ。大体、弾条《ゼンマイ》が全部《すっかり》弛み切れているなんて、使っている蓄音機には絶対にあり得る状態じゃない。君は兇行後に凡ゆるものを原形に戻して置いた許りでなく、故意に自分の口から出さず他人に云わせて、不在証明《アリバイ》を極めて自然な様に見せかけ様としたのだ。だが、僅《たっ》た一つ、弾条《ゼンマイ》を捲いて置くのを忘れたんだよ。僕はあの蜘蛛糸を見た時、此れなら不在証明を作れると直感したのだ。だから、それで不在証明が証明される様だったら、君が犯人だと信じていたのだよ」
「すると、もうそれだけですか?」朔郎は思わず絶望的にのけぞったが、なおも必死の気配を見せた。
「まだある。今度は像の後光だよ。然し、実に巧く月の光線を利用したもんだなア。月夜には頭上にある節穴から、約五分程の間だけ、像の後頭部に光が落ちる。それを知ったので、像に後光が現われた時刻を調べてみると、二回とも、節穴から月光が洩れる刻限に当っているらしい。それで、後光の全貌が判ったのだよ。つまり、最初の夜は、臭化ラジウムと硫化亜鉛とで作った発光塗料を、予《あらかじ》め黒い布帽子に円く点在させておいて、それを像の後頭部に冠せ、その布帽子に長い紐をつけて、紐の末端を敷石の上に置いた鋲に結び付けて置いたのだ。そして、刻限を計って慈昶を誘い出したのだが、月の光が頭上に落ちている間はそれに遮られていたけれども、月の位置が動いて堂が真暗になると、発光塗料が螢光色の光円を作って、凄愴な擬似後光を発光させたのだよ。勿論慈昶は仰天して逃げ出したのだろうが、君は鋲を下駄で踏んでそれを引き摺って駈けながら、途中で取り外して懐中に入れたのだろう。どうだね、厨川君。――それから、兇行の夜になると、今度は胎龍の面前で後光を発光させたのだ、然しその時の順序は、前の二回とは反対で、擬似後光を胎龍の眼に触れるとすぐ、月光で消す様にしたのだったね――確か※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 曝露された犯罪者特有の醜い表情は、遂の間に消え失せていて、朔郎の顔は白蝋の仮面さながらだった。
「だが、一体胎龍は、何処でどんな兇器で殺されたのだね? それから、屍体の状態とあの不可解極まる表情は? それ以外にも、此の事件には、数々の謎が含まれているのだが……?」と熊城は、一息入れる隙を法水に与えなかった。
「ウン」悠《ゆっ》たりと唇を濡して、法水の舌が再び動き始めた。
「では、厨川君の計画を最初から述べる事にするから、その中に現われて来るものを、よく注意していてくれ給え。所で此の事件は、三月晦日の天人像の怪異で幕が上るのだが、それ以前に、胎龍の語る夢を精神分析的に解釈して、最初の機会が熟するのを待っていた。そして案の状、投げた骰子《さい》に目が出たので、次第に、胎龍は、一昨日《おととい》僕が話した夢判断通りの径路を辿って、一路衰滅の道へ堕ちて行ったのだ。――つまり厨川君は、犯罪としては実に破天荒な、大脳を侵害する組織を作り上げたのだよ。また、胎龍から意識を奪って全く無抵抗にした原因と云うのも、実はそこにある事なんだ」
「………」朔郎は機械人形の様に頷いた。
「そして厨川君は、それ以外の三月余りの間を、絶えず夢を語らせては、その精神分析に依って、胎龍の脳髄中に成長して行く組織の姿を、冷然と見守っていた。と云う所迄が素描《デッサン》であって、あの日に愈|絵筆《ブラッシュ》と画板《パレット》を持ったのだよ。で、その手始めに、三度天人像に後光を現わしたのだ。胎龍はそれを超自然界からの啓示と信じて、やがて下ろうとする裁きに、畏怖と法悦の外何事も感じなくなってしまった。それが、所謂健否の境界なんだよ――精神の均衡が危くなって、将に片方の錘が転落しようとする。つまり、厨川君の作った組織が、僅か一筋の健全な細胞を残す迄に蝕い尽したのだが、それが表面平素と変らぬ様に見えたけれども、その実胎龍の内心には、空闥の日和下駄を無我夢中で引っ掛けた程に、凄惨な嵐が吹き荒れていたのだ。それから、胎龍は薬師堂に上って護摩を焚き、必死の祈願を込めて薬師如来の断罪を求めたのだ。所がその時、厨川君は薬師仏にも奇蹟を現わしたのだよ。突然如来の光背の辺で、後光が燦いたのだ」
「なに※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」熊城が思わず莨を取り落すと、
「ああ、貴方は実に怖ろしい人だ!」と呻く様に朔郎が嘆息した。然しながら、法水にとっては、その真
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