はそれには別に意見を吐かなかったが、再び屍体を見下ろして頭顱《あたま》に巻尺を当てた。
「熊城君、帽子の寸法《サイズ》で八|吋《インチ》に近い大頭だよ。六五糎もあるのだ。無論手近の役には立たんけれども、兎角数字と云うやつは、推論の行詰まりを救ってくれる事があるからね」
「そうかも知れない」熊城は珍らしく神妙な合槌を打った。
「場所もあろうに、頭の頂天《てっぺん》に孔を空けられて、それでいて抵抗も苦悶もした様子がないなんて――。こんな判らずずくめの事件には、ひょっとすると、極くつまらない所に解決点があるのかも判らない。時に君は、手口に何か特徴を発見したかね?」
「たった、これだけのものさ。――尖鋭な鏨様のものが兇器らしいが、それも強打したのではなく、割合|脆弱《ぜいじゃく》な縫合部を狙って、錐揉み状に押し込んだと云うだけだ。所が見た通り、それが即死に等しい効果を挙げているんだ」
意外な断定に、二人は思わずアッと叫んだが、法水は微笑《ほほえ》みながら註釈を加えた。
「その証拠には、尖鋭な武器で強打した場合だと、周囲に小片の骨折が起るし、創口《きずぐち》が可成り不規則な線で現われる。所が、この屍体にはそれがない。のみならず、糸のような亀裂の線が楔状骨に迄及んでいるのや、創口が略々《ほぼ》正確な円をなしているのを見ても、この刺傷が瞬間的な打撃に依るものではなく、相当時間を費して圧し込んだ――と云う事が判るよ。それから、頭蓋の縫合線を狙うと云う――極めて困難な仕事をなし遂げたと云う事も、一応は注目していいと思うね」
「それなら尚更、苦痛の表出がなけりゃならんが」検事は片唾を呑んで法水の言葉を待ったが、その時別人のような声で熊城が遮った。
「所で、君に最後の報告をして置こう」と彼は驚くべき二人胎龍の事実を明らかにしたのである。「信ずる信じないは君の判断に任すとして……。実は細君の柳江が昨夜十時頃に、薬師堂の中で祈念している胎龍の後姿を見たと云うのだがね」
「すると、それが屍体だか犯人の仮装だか、それとも、奇蹟が現われて、被害者がその時まだ生きていたのか……」と法水は、暫く明るい楓の梢を睨んでいたけれども、それには大して信を措かぬもののように、不図別な事を熊城に訊ねた。
「では、昨夜の事情を聴かせて貰おう」
「それは、宵の八時頃に被害者が薬師堂に上って、護摩を焚いたと云うのが始
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