、寧ろ挑戦的な調子で云った。
「何処から何処まで不可解ずくめなんて、ピッタリと君の趣味だぜ」
「なァに、驚く事はないさ。新しい流派《イズム》の画と云うやつは、とかくこう云ったものなんだよ」法水はやり返して腰を伸ばしたが、「だが、妙だな。この像の右眼だけが、盲目《めくら》なんだぜ。それに、像だけに埃が付いていないのは、どうしたと云うものだろう」と呟いた。
「それは、被害者の胎龍だけが、繁くこの堂に出入りしていたと云うからね。多分その辺に原因があるに違いないぜ。それから、今朝八時に検屍したのだが、死後十時間以上十二時間と云う鑑定だ。然し、傷口の中に羽蟻が二匹捲き込まれている所を見ると、絶命は八時から九時迄の間と云えるだろう。昨夜はその頃に、羽蟻の猛烈な襲来があったそうだよ」
「すると、兇器は?」
「それがまだ発見《みつ》からんのだ。それから、この日和下駄は被害者が履いていたのだそうだ」
堂の右端にある敷石から、そこと大石との間を往復している雪駄の跡があって、もう一つその右寄りに、二の字が大石の側迄続いているのだが、日和下駄はそこへ脱ぎ捨てられてある。(前頁の図を参照されたい[#図は省略])その間、検事は日和下駄の歯跡の溝を計っていたが、
「どうも、体重の割に溝が深いと思うが」
「それは暗い中を歩いたからさ。明るい所と違って、兎角体重が掛り勝ちになるからね」と法水は検事の疑念に答えてから、何んと思ったか、巻尺を足跡の辺で縦にすると、それがコロコロ左手に転がって行く。彼はそれを無言の中に眺めていたが、やがて熊城に、「君は、殺人が一体何処で行われたと思うね」と訊ねた。
「歴然たるものじゃないか」熊城は異様な所作に続く法水の奇問に、眼をパチクリさせたが、「とにかく見た通りさ。被害者は日和を脱いで大石に上ってから、やんわり地上に下りたのだ。そして、雪駄を履いた犯人が、背後から兇行を行ったのだよ。然し、屍体の形状を見ると、無論それには、破天荒な機構《メカニズム》が潜んでいる事だと思うがね」
「機構《メカニズム》※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」検事は熊城らしくない用語に微笑みかけたが、「ウン、確かにある」と頷いて、「その一部が屍体の合掌さ。あれを見ると、絶命から強直迄の間に、犯人が余程複雑な動作をしたと見なけりゃならん。所が、そんな跡は何処にも見当たらないと来てるんだ」
法水
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