と湿気とで、深山のような土の匂いがするのだった。
細かい砂礫を敷き詰めた堂の内部には、蜘蛛の巣と煤が鐘乳石のように垂れ下っていて、奥の暗がりの中に色泥の剥げた伎芸天女の等身像が、それも白い顔だけが、無気味な生々しさで浮き出していた。それに、石垣にあるような大石が、天人像近くに一つ転がっている所は、恰度南北物のト書とでも云った所で、それが何んとも云われぬ鬼気なのであった。
法水の顔を見ると、支倉《はぜくら》検事は親し気に目礼したが、その背後から例の野生的な声を張り上げて、捜査局長の熊城《くましろ》卓吉が、その脂切った短躯をノッシノッシ乗り出して来た。
「いいかね法水君、これが発見当時その儘の状況なんだぜ。それが判ると、僕が態々《わざわざ》君をお招きした理由に合点が往くだろう」
法水は努めて冷静を装ってはいたが、流石心中の動揺は覆い隠せなかった。彼は非度く神経的な手附で屍体を弄《いじ》り始めた。屍体は既に冷却し完全に強直してはいるが、その形状は宛ら怪奇派の空想画である。大石に背を凭《もた》せて、両手に珠数をかけて合掌したまま、沈痛な表情で奥の天人像に向って端座しているのだ。年齢は五十五、六、左眼は失明していて、右眼だけをカッと瞶《みひら》いている。燈芯のような躯の身長が精々五尺あるかなしかだが、白足袋を履き紫襴の袈裟をつけた所には、流石《さすが》争われぬ貫録があった。創傷は、顱頂骨と前頭骨の縫合部に孔けられている、円い鏨型の刺傷であって、それが非常なお凸《でこ》であるために、頭顱の略々《ほぼ》円芯に当っていた。創傷の径は約半|糎《センチ》、創底は頭蓋腔中に突入していて、周囲の骨には陥没した骨折もなく、砕片も見当らない。創傷を中心に細い朱線を引いて、蜘蛛糸のような裂罅《れっか》が縫合部を蜒り走っているが、何れも左右の楔状骨に迄達している。そして、流血が腫起した周囲を塗って火山型に盛り上り凝結している所は、宛ら桜実《さくらんぼう》を載せた氷菓《アイスクリーム》そっくりであるが、それ以外には外傷は勿論血痕一つない。のみならず、着衣にも汚れがなく、襞も着付も整然としている。泥の附着も地面に接した部分にだけで、それも極めて自然であり、堂内には格闘の形跡は愚か、指紋は勿論その他の如何なる痕跡も残されていないのだ。
「どうだい、この屍体は、実に素晴らしい彫刻じゃないか」と熊城が
前へ
次へ
全26ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング