、お国へ行きましょう。
しかし私は、聴いているうちにも、ほかの事を考えていた。それは、ミス・ヘミングウェーのことで、ああさせた、Aphrodisiac なものは何事であろうか。近傍の……日天《スールヤ》の堂でも見たのか。そこには、奇矯のかぎりを尽す群神の嬌態がある。それとも、麝香《じゃこう》、沈香《ちんこう》、素馨《そけい》の香りに――熱帯の香気に眩暈を感じたのではないか。
いずれにせよ、八日間精進のことは知っていたにちがいない。そして、雨後の冷気が、ムラ気と火遊びを鎮めるに充分だった――と。
やがて、夜が明けかかり闇が白みはじめたころ、私は、菩提樹の梢をとおして、暁にふるえるユニオン・ジャックの翩翻《へんぽん》たるを見たのである。印度《インド》の朝、しかし真実の黎明《れいめい》には遠い。私はチャンド君の寝顔と見くらべ、そう呟いたのであった。
底本:「潜航艇「鷹の城」」現代教養文庫、社会思想社
1977(昭和52)年12月15日初版第1刷発行
底本の親本:「地中海」ラヂオ科学社
1938(昭和13)年9月
初出:「新青年」博文館
1938(昭和13)年8月号
入力:ロクス・ソルス
校正:Juki
2008年10月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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