[嬢の部屋にいました。外は、ザクザクガチャガチャという音で巡邏《じゅんら》が絶えません。しかし僕は、地図を見ながら、南行のスケデュールを組んでいました。と、隣りから、湯のはねる媚《なま》めかしい音がする。いま、ミス・ヘミングウェーが御入浴中なのです。
 するとそこから、
「パドミーニ、パドミーニや」
 とお呼びになる声がします。
 尻あがりの、声を聴いただけでも一人娘の、びりびり蟲のつよいところが触れてくる。
 しかし、下婢のパドミーニはここには居りません。私は、なんと入浴中のレディにお答えしていいものかと、惑っているうちに、二度目のお声です。
「パドミーニ、パドミーニはいるんじゃないの、そこに。駄目よ、黙って、拗《す》ねていたって、ちゃんと分るんだから……」
 と、湯の面にぴしゃりと何かを叩きつけたらしいのです。
「パドミーニ、パドミーニってば……」
 そういって、ミス・ヘミングウェーはしばらくのあいだ、耳を澄ますようにじっと湯の音をさせませんでした。
「じゃ誰よ、そこにいんのは? さっきから、かさこそ音をさせていて、給仕《ボーイ》?」
「いや、僕です。パドミーニは、さっきからここに
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