更紗《さらさ》や麻布の日覆いでしたの土が見えない。しかし、夜は美しい。更紗を洩れる灯、昼間は気付かなかった露台の影絵《シルエット》、パタンやブルマンの|喧囂たる取引《エロクエント・コムマース》は、さながら、往時バグダッドの繁栄そのものである。
 平太鼓《タム・タム》が聴える……。それを子守唄に、寝ればまた「一千一夜物語《アラビアン・ナイト》」を夢みる。バクストの装置《デザイン》、カルサヴィナが踊るシェヘラザーデの陽炎《かげろう》。まるでそれは、僕が Haroun《ハルーン》 al《アル》 Raschid《ラシッド》 で、ここへ彷徨《さまよ》い着いたようであった。
 ところが、そうして滞在三日目の夕のことである。
 窓からみると、砂堤の蔭に首絞め台のようなものが見える。それが、最初の日から気になっていたので、ジェソップ氏を誘い散歩がてら出かけていった。が、側へゆくと、それは Masula《マスラ》 という名の、車井戸だったのだ(この Masula《マスラ》 というのは、あるいはこの地方の小舟の名であったかもしれぬ。いずれにせよ、いまは時経て記憶に定かでなし)。
 水牛が、釣瓶縄《つるべな
前へ 次へ
全22ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング