ス。
「パドミーニ、パドミーニを呼んで」
 腰の痛みだけは、私にもさすが触らせない……しかしパドミーニは、いつになってもこの室《へや》へ戻ってこない。
(パドミーニがいない。)
 それをさっきから、私はミス・ヘミングウェーに、思い出させまいとしていたのだ。彼女はいまコック部屋にいる。回教徒だから、カリーさまのこの日にも、なんのお咎めもあるまい。
 そしてその間、私が万事取り仕切ってまめまめしく働き、ほとんど、触らんばかりの身近にいる愉悦を、パドミーニがきて妨げられまいとしていたのだ。私は、心のなかで、チェッと舌打ちをしました。ところへ、
「呼んで……、ねえ、早く」
 とヘミングウェー嬢が、胸をそらし、苦しそうに呻きはじめました。
「はやく、チャンドさん、引っ張って来てよう」
「ですが」
 さすがに私も狼狽《うろた》え気味になって、
「考えてみますと……あれから、もう四、五時間も見えないのですから」
「そう、そう云えば……」
 と、痛みを忘れたように、不安気に眼を据え、
「あれ、何時《いつ》だったろう。パドミーニは、食堂から出て、たしか……」
 と、だんだん、ミス・ヘミングウェーの顔は羞
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