ニ手を打つかわりに灰皿を上げて、静かに莨灰《はい》を落させる。
「分りましたよ、非常時の馬鹿力というのが、あれほど、お痛みだったのが土民がとおると、瞬間ケロリと忘れてしまう……。いや、気が張っとりますと、感じないのですなア」
「そうかしら」
「処世上、その点には、つどつど考えさせられます」
「じゃ、処生哲学ね」
ミス・ヘミングウェーがクスンと笑いながら、
「あたし、まえにはチャンドさんを、ちがう人かと思ってたわ。口説《くど》き上手で、パドミーニのような娘を悦《よろこ》ばせるかわりに、かならずただじゃ済ませない。よく、世間にあるあの類型ね?」
「…………」
「ところが」
と、云いながら、ヘミングウェー嬢は痛そうに顔をしかめはじめたのです。けれど、まだそれは忍べぬというほどのものではないらしい。
「ただ、あんたは実にまめ[#「まめ」に傍点]だと思う」
「まめ[#「まめ」に傍点]ですか。僕は」
「そう、ほかにも良いところが、きっとあるんだろうと思うわ。だけど、なにしろまめ[#「まめ」に傍点]すぎるんでほかが分らなくなるの」
彼女一流の毒舌が、このときはまったく苦痛のなかから発せられまし
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