、が、これには理由《わけ》がある」
 と、声を低め、云い訳顔に語りはじめた。
「このね、マハナディ川の上流には、ダイアモンド鉱地がある。昔とちがって、いまは萎靡凋落《いびちょうらく》のどん底にあるが、それでも、肉紅玉髄《カーネリアン》、柘榴石《ガーネット》などに混ってたまたま出ることがある。それもなんだ、藩王《マハラジァ》の経営だから採収法が古い。警備も、南阿の諸鉱地とは、てんで比較にならんのだ。鉄条網もない。電気柵もない。南阿じゃ、着物を縫目まで解いて身体検査をするというが、ここじゃそれほどでもあるまい」
「では、発見した鉱夫が逃げられるじゃありませんか」
「そこなんだ。宝石《いし》が、たまたま出るとそれを持ち逃げして追手を避け避け、外国船に売り込む……。いや、あれがそうだとは、必ずしも云わんよ。しかし、万事こうしたことは、カン一つだからね」
 それが、ジェソップ氏の持つ、最大の悪癖だった。賭けたがること、相場が好き、ボロ株が好き、おまけに、角力《すもう》が好きで光風《てるかぜ》が贔屓《ひいき》であった。しかし、それも考えれば理由のないこともない。草叢《くさむら》という、眼鏡蛇《コブラ》の通路に這い寝そべっているのは、なんぼなんでも並々のことではないからだ。
 やがて僕は、主命もだしがたく、草叢に近寄っていった。そうして、怪人 Ram《ラム》 Chand《チャンド》 君の出現ということになったのである。
 そこで断っておくが、ジェソップ氏は印度《インド》語が喋《しゃべ》れない。僕も、Indian《インディアン》 Press《プレッス》 Reader《リーダー》 の初級くらいのところ、けだし僕を引っ張り役にしたのも、理由がその辺にあるらしい。が、僕とはいえ……ペラペラやられたら冷汗もののところが、運よく、その青年は正統の英語が喋れた。
 かれはすぐ飯を食わすというと懶《だ》るそうに起きあがり、のそのそと僕のあとを跟《つ》いてきたのである。
 それから、僕が日本語でやる生擒《いけどり》の報告中、チャンドを見るジェソップ氏の眼に、失望の色が濃くなってきた。
 服装《なり》は汚い、それも泥だらけで芬々《ふんぷん》たる臭気だ。が、顔は、印度アールヤン族の正系ともいう、どう見ても、サンブルプールあたりからのダイヤモンド鉱夫ではない。しかし、人は見かけによらぬという――おそらく
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