Wェソップ氏の腹も、同じだったろうと思われる。
とにかく、チャンドの気品は、絶品というに近かった。たとえて云えば、キップリングの[#ここから横組み]“Naulakha《ナウラーカ》”[#ここで横組み終わり]に出てくるラホールの王子――といっても、僕自身には褒《ほ》め過ぎとは思えない。
しかし、そのチャンドにはなんの用もないのだ。といって、ブラブラさせては不安がるだろうというので、おもにジェソップ氏の身廻りの用をさせていた。がその間、僕には大命が下っていた。それは、チャンドをそれとなく探ることで、ジェソップ氏は、またまたダイヤならずば黄玉石《トパーズ》くらいの夢を見ていたらしい。
しかし僕は、いつかチャンドの別の方面に、興味を持つようになった。それは、ジェソップ氏に対しても決して大人《サヒーブ》とは云わないこと、印度人が、自らを卑くして駱駝《らくだ》のように膝を折る、あれがチャンドの雰囲気にはないのだ。
やがて、イギリス嫌いの僕は、この青年が好きになった。実際ジェソップ氏のような、ズボラで人の良い英人はいないのだから、僕には、クライヴもヘースチングも村井長庵と大差ないのだ。そんなもんだから、チャンド君に打ち込んだせいもあり、今度は彼の健康が気遣われてきた。
はじめ来たときは、二、三日食わないとこんなかと思ったのが、五日、十日となっても少しも回復しない。
憔悴、脱力、眼に力はなく、気懶《けだ》るげに動いている。僕もしまいには、心配になってきて、あれこれとなだめすかしては問い訊した結果、ついにある夜口を割らしてしまったのである。
それは、黄玉石《トパーズ》でも、ダイヤでもなかった。愛経《カーマ・スートラ》の印度、※[#「さんずい+(一/(幺+幺)/工)」、265−2]婆《シヴァ》の破壊をいまだに疑わぬ印度――その板挾みに、哀れやチャンド君はペシャンコにされ、青春の泉を涸々《からから》にしてしまったというのである。
この告白は、たぶん惰気と暑さで、諸君を困らしめるにちがいない。それほど、印度も暑いが、この話もそうである。
二、嫐《なぶり》味絶々
(以下、ラム・チャンドの告白)
|Mr. O'Grie《ミスター・オーグリー》 あなたは、紳士にも似ず執拗《しっつこ》いですね。さっきは、僕の生家もなにも訊《き》かないと、約束したくせに……。
だが、教
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