~ングウェーと、私とのあいだには人種の壁がある。そしてこれも、一夜のほんの戯れだけでしょうか。
私は、そうして右せんか左せんかと悩み、奇怪な謎を投げかけたヘミングウェー嬢の行為を思いあぐみ惑乱に悶えておりました。
ああ、O'Grie《オーグリー》、あなたは、それからの私をお嗤《わら》いになるでしょう。暇さえあれば、留守を狙ってヘミングウェー嬢の部屋へ忍び込み、部屋に残っている薫香《かおり》に鼻をうごめかしたものです。O'Grie All is glowing, burning, trembling.
馬鹿です。しかし天はこの馬鹿に恵み給うたのか、翌日も雨、その次も雨、しかも暴動の気配が絶えず、ときどき銃声がする。風もない、ただ雨が滝のように地を打っている。
ところで、その日からはじまる八日のあいだが、カリーの女神を祭る精進日となるのです。
水浴をし、あらゆる慾望を絶ち、子羊を犠牲にする。そしてもって、破壊の女神カリーをお慰め申しあげるのです。けれど、いまここでは祭典どころではない。雨に暴動、加えて湯気のようなおそろしい湿気です。
しかしそうした時、ごろごろ懶《だる》いままに転がっている姿は、だんだん心も獣のようなそれと同じになるのではないでしょうか。
私も、自分ながら、理性を失わんとしているのが分ります。やがて、暗い空がいっそう暗くなり、雨脚も消え、煮られるような夜となりました。
ところが、その夜ヘミングウェー嬢に、神経痛の発作が起りました。前年、ポロの競技中落馬が原因で、その後は、暑さ寒さにつれ、右肩が痛むのです。それでパドミーニと交代に、患部の湿布をかえておりました。甲斐甲斐しく、腕まくりしてギュッとタオルを絞る、すべてが、われながら驚くほどマメ[#「マメ」に傍点]だったのです。とその時、通りをザッザッっと、靴音でない一群が通ってゆく。
「アッ、あれ、きっと何だわ」
「なるほど」
「あらッ、私まだなんにも云ってないのに……」
私は、ときどき失敗をやってはぎゅうぎゅうな目に逢わされ、それが久しく外道《げどう》的な快楽となっているのです。いま私は、右手でタオルを抑えながら、左手は、ミス・ヘミングウェーの莨《たばこ》に灰受けを捧げている。
ああ、いかに場合とはいえブリスコーの生徒が、落ちたにも百面相とはなったものです。
「ああ、そうか」
私は、ポン
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