ヘ、御覧の通り、混血児のそのままのものが現われてしまったのです。
所が、日本に連れて来られてからと云うものは、日増し私には、郷愁が募って参りました。あの濃碧の海、同じ色のような空――街中はひっそり閑としていて、塔があちこちに聳え、時折は家毎の時計が、往還の真中でさえ聴こえる事が御座います。ねえ法水様、北イタリー特有の南風《フェーン》が吹き出す頃になると、チロルの聯隊では、俄かに傷害沙汰が繁くなるとか申します。けれども、まったく土の肌、大気の香りと云うものには、事実、云うに云われぬ神秘な力があるものですわね。
で、いつのまにか私は、あの荒凉たる淋しさを、どうする事も出来なくなってしまいました。外面は、さぞ懆《はしゃ》ぎおごっているように見えましたろうけれど、絶えず私は、体内に暴れ狂っている雨風を凝と見詰め、どうしたらいいか――それのみ考え続けて居りました。そうして遂に、私にとれば枷に等しい風間を葬って、あの懐かしい土を、再び蹈もうと決心致しました。
ですから、幡江さんを手にかけたのは、父のない私の、本能的な嫉妬なので御座います。父と娘――あの血縁の神秘は、それを欠いているものにとれ
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