背面を黒い青味を帯びた羽目《パネル》が※[#「糸+尭」、224−上−10]っていて、額縁《プロセニアム》の中は、底知れない池のように蒼々としていた。そうした、如何にも物静かな、悲しい諦めの空気は、勿論申し分なしに王妃の性格を――|弱き者《フレイリー》よと嘲けられる、弱々しさを様式化してはいたが、俳優二人の峻烈な演技――わけても王妃に扮する、衣川暁子《きぬがわあきこ》の中性的な個性は、充分装置の抒情的な気息《いぶき》を、圧倒してしまうものであった。
 所が、その演技の進行中、法水は絶えず客席に眼を配り、何者か知りたい顔を、捜し出そうとするような、素振りを続けていた。そして、幕切れ近くなると、王妃との対話中いきなり正面を切って、
「僕は得手勝手な感覚で、貴方の一番貴重な、一番微妙なものを味い尽しましたよ。ですから、それを現実に経験しようとするのは、よそうじゃありませんか」と誰にとなく大声に叫んだのだった。
 勿論そのような言葉が、台本の中にあろう道理とてはない。或は、日々の悪評に逆上して、溜り切った欝憤を、舞台の上から劇評家達に浴せたのではないかとも考えられた。けれども、冷静そのもののよう
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