。それは、大蚪虫《コックローチ》をいれた箱を『太平洋漏水孔』へ流したのだが、その、空気温度が約摂氏四十五度。ところが、それから十分ばかり経って引きよせてみると、その大蚪虫の体温が空気温度とおなじだ。君、人間が四十五度の体温にどれくらい堪えられるだろうか」
「想像もつかんよ、地球の熱極というのがあれば、『太平洋漏水孔』のことだろう」
「ふむ、ところでだ。ここに、独木舟《カヌー》に乗って入りこんだ、人間がいると仮定しよう。渦は、毎時周縁のあたりが三十カイリの速さ。そして、ぐるぐる巡りながら最初の島までゆくのに、どう見積っても半日は費る。するとそれまでに、その人間の命が保つかどうかということが、まず第一の問題になってくる。僕は、医者じゃないが、受け合い兼ねますといいたいね」
「分ったよ」
私はメモを置いて、落胆したように彼をみた。
「なるほど、人間の生理状態が一変しないかぎり、『太平洋漏水孔』へはゆけないと云うことが、分った。だが、そんな工合で人間がゆけなくてだね、そこに奇談もなにもないものは、聴いても仕様がないよ」
すると、折竹がいきなり童顔をひき締めて、オイと、一喝するように呶鳴った
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