れた角度が大漏斗の斜面と、ちょうど直角をなしているのだ。だから、そのあいだへ直立している私は、てっきり、なかば傾きながら歩いているとしか思えない。まったく、錯覚とはいえ自然天地の法則が、ここではものの見事に覆えされている。
これも、私がまったく痴愚《ばか》になったためか、いや、決してそうではないだろう。
海面は、黒くたかく頭上にそびえ、風と飛沫と囂音で一分の休息もない。そのなかで、私たちはだんだんに退化して、いまに鳴き亀とおなじようになるだろう。
ところが、きょう夜にかけて大颶風がやってきた。そのあと、朦気が吹き払われ清涼の気をおぼえると、今まで忘れていたこと、感じなかったこと、また、私が是非しなければならぬことが、まるで堰切った激流のように迸しってくる。私は寸時でも、脳力を恢復したことを悦ばねばならない。
それは、私が痴愚《ばか》になったという第一の証拠だが、ハチロウのことをすっかり忘れていたのだ。私とナエーアが、この水面下の島で朽ちはててしまうのはよし。しかし、ハチロウをここで鳴き亀同様の存在にするということは、まったく何としても忍びないことなのだ。
私は、今夜ハチロウを
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