温度は、ここでもやはり高い。外辺のいわゆる湿熱環ほどではないが、多分摂氏四十度ぐらいはあろう。そのため、私たちはだんだん痴愚《ばか》になってゆくようだ。
実際、今のところは死なないと云うだけだ。脳力、が暑さのため減退してゆくと云うことは、なにより、お利口さんのハチロウをみれば分る。今では、日本のことも何もいわなくなったし、第一、こう云っている私がそうではないか。あれほど、自己批判の眼をむけて触れようともしなかったナエーアと、いまは動物の雌雄のようになっている。
一切が、もう忘却の彼方にあるのだ。
ところで、此処へ来て私は不思議な人間になった。おそらく私は、この地上における新生物かもしれない。というのは、いつも身体を倒して斜めに歩いているからだ。ちょうど、水平とは四十五度の角度で、私は斜めにかたむきながら歩いている。またそれが、この「太平洋漏水孔」の島での普通の歩きかたなのだ。では、一体なぜだろうか。
それは、この「太平洋漏水孔」では水平というものが、大漏斗の斜面しかないからだ。それに、いつもおなじ方向からひじょうな強風が吹いている。そのため、全島の樹木がなかば傾いて……その薙が
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