アの声にハチロウが続き、
「オジチャン、涼しくなってきたよ。もう、じきに日本へいけるね」
しかし、渦は依然としておなじ方向へ巻いている。空気は、湿潤高熱、湯気のようである。けれど二人は、この熱気のために気が可怪《おか》しくなったのではないのだ。
キューネが、この湿熱環に堪えるため、窮通の策をほどこした。それが、もしも成功すれば起死回生を得る。
「うまく往ってくれ。ただハチロウのため、俺はそう祈る」
キューネが、しだいに朦朧となる頭のなかで叫んでいた。
「おれは、この湿熱環をいかに凌ぐか、考えたのだ。しかしそれには、毒をもって毒を制すよりほかにない。この摂氏四十五度もある大高温のなかにいれば、まずなにより先に気が可怪しくなってくる。
しかしその前に、こっちから進んで人工の狂気をつくったら、どうだ。一時、この高温を感じないように気を可怪しくさせ……そのまま湿熱環を過ぎて緩和圏に出たとき……ハッと眼醒めるようにしたら……」
それが、いま三人が嗅いでいる“Cohoba《コホバ》”の粉だ。これは元来ハイチ島の禁制物、“Piptadenia《ピプタデニア》 peregrina《ペレグリナ
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