であった。
 こうして三人は、ついに「太平洋漏水孔」へ引きこまれた。海が皺だっておそろしい旋回をしながら、ぐるぐるながい螺旋をえがいたのち、大漏斗の底へ落ちこむ。水は、紫檀を溶かしたような色で二十度ほど傾むき、いま水平線はとおく頭上にかかっている。その、はじめてみた濃藍の水壁は、ごうごうと唸る渦心の哮りよりも怖ろしい。
 もうこれまでと、キューネはじっと観念した。いま、朝焼けをうけ血紅のように染まっているこの魔海の光景は、ただ熱気を思ってさえ焔の海のようだ。頭は茫っとなり動悸ははやく、おそらくこの舟が渦心に落ちこむまでに、三人は熱気のため死んでしまうだろう。しかしキューネは、疾い呼吸を感じながらも、じっと渦をにらんでいる。
 人間には、どうなっても最後まで生きようという意識がある。それがこの時に、キューネを刺戟してきたのだ。
「どうだろう、この海はこんなことではないのか。それは、渦はもとより求心性のものだが……きっとそれにつれ、うえの空気のうごきは遠心性を帯びるだろう。つまり、くるくる中心に巻きこむ渦の方向とは反対に、うえの湿熱空気は外側へと巻いてゆく。だから、多分この湿熱帯は輪のよう
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