見ないんですね」
とハラハラしたような声でナエーアがいう。
「見ても、見なくても同じことだからね。どうせ、どこへ流れつこうが、末は分っているよ」
それから、数日間はくもって、暗黒の夜が続いた。風は絶え、三角帆《ラティーン・セイル》もだらりと垂れている。海も空気もネットリとなって、湯気のようなガス、ねむったような蜒り。キューネは、もうどうなろうが儘とばかりに、この四、五日は方角もみない。
とある夜、風もないのに急に波だってきた。
「どうしたんでしょう。風もないのに、こんなに荒れてきましたわ」
ナエーアは、帆を下してハチロウの上にかけた。
波は、低く窪みひろがり泡だって、押しよせてくる。しかし、空には突風もない。ただ水面には触れずとおく上空をゆくのか、ごうっという颶風のような音がする。ところが、空が白々となってきた暁がた近いころに、キューネがけたたましい叫び声をあげた。
「ああ、なんというところへ来たんだ。ナエーア、こりゃ大変な渦だよ。ああ、太平洋漏水孔《ダブックウ》!」
「だから、だから、云わないこっちゃないんですわ」
ナエーアはただハチロウを抱きながら、オロオロ声でいうだけ
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