おそろしい死の沼だ。水面は、みるも厭らしいくらい黄色をした、鉱物質の滓《おり》が瘡蓋のように覆い、じつは睡蓮はおろか一草だにもなく、おそらくこの泥では櫂《オール》も利くまいと思われる。そしてここが、奥パプアの最終点になっているのだ。
「坊やは、ウンチがでないかね」
「また、オジチャン、泥亀《すっぽん》をとるんだろう。だけど、坊やだってそうは出ないよ」
人糞を、このんで食う泥亀《テラピン》をとっては、この数日間二人は腹をみたしていた。しかし彼には、この沼をわたる方法がない。こんなことなら、むしろ中央山脈中に、原始的な生活をしている、矮小黒人種《ピグミー》の“Matanavat《マタナヴァット》”の部落へゆけばよかった。と、此処へきてはや一時間とならぬのに、キューネの面は絶望に覆われてしまった。
すると、時々とおい対岸で、パタリパタリと音がする。その、なんだか聴きようによっては人間の舌打ちのように聴える音が、万物死に絶えた沼面をわたってくるのだ。と同時にそれに交って、小鳥のさけぶキーッという声がする。やがて、キューネがポンと手をうって、
「分った。ニューギニアの奥地には食肉植物の、『う
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