ると、オチンチンを撞木鮫にとられるというよ」
と、その時どうしたことか、ハチロウの腰をおさえてオシッコをさせている、キューネの手がいきなり震えはじめてきた。遠空に、色付きはじめた中央山脈を縫いながら、するするのぼってゆく英国旗《ユニオン・ジャック》。しまった、もうこの子を帰そうにも帰せなくなったと――起床ラッパの音を夢のように聴きながら、かれはまったく途方に暮れてしまったのである。
天地間、いま一人のこの身の置きどころもなくなった彼は、ハチロウの処置という重荷が加わったのだ。多分、明ければハチロウの失踪に気がつくだろう。そして、この島の内外がきびしく調べられるだろう。所詮自分は、ハチロウを帰そうとしてこの辺に迂路ついてはいられない。では、これからどこへ行こうか。
周囲はことごとく英仏領諸島。蘭領も米領も、所詮ドイツ人にとっては安全の地ではない。いまこの地上に一寸の土地もなくなった。キューネはただ悶えるのみであった。そこへ、突然ハチロウがこんなことを云いだしたのだ。
「オジチャンの、このお舟はどこへゆくんだね。坊やのお国の、日本へゆくの?」
「行ってもいいよ」
と、彼は眼先がきゅ
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