うとする「太平洋漏水孔《ダブックウ》」をながめていた。
斜めの海、海の傾斜。とうてい、夢にも思えなかったものが、現実として、眼のまえにある。そこには、幾重にも海水が盛りあがり、まっ蒼に筋だっている。その大漏斗をまく渦紋のあいだには、暗礁がたてるまっ白な飛沫。しかし、それはただ眼先だけのことで、はや四、五|鏈《ケーブル》先はぼうっと曇っている。そして、煙霧のかなたからごうごうと轟いてくるのが、「太平洋漏水孔《ダブックウ》」の渦芯の哮りか……。
折竹は、それをキューネの絶叫のように聞きながら、魔海からの通信を読みはじめたのである。
*
手紙の主フリードリッヒ・キューネは、|独逸ニューギニア拓殖会社《ドイッチェ・ノイ・ギネア・ゲセルシャフト》の年若い幹部であった。以前はお洒落で名高い竜騎兵中尉。それが先年、ベルリン人類学協会のニューギニア探険に加わって、以来南海趣味にすっかり溺れこみ、退役してニューギニア会社へきたのだ。スポーツマン、均斉のとれた羚羊のような肢体。これで、一眼鏡《モノクル》をしコルセットをつければ、どうみても典型的|貴族出士官《ユノケル》だ。
そ
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