れた。引きあげられたのは葡萄蔓の籠で、なかを覗いた男がアッといって飛び退いた。裸体の、愛らしい五つばかりの男の子が、呼吸《いき》もかすかに昏々とねむっている。なんだ、夢ではないのか。この、ちかくに島とてない赤道下の海を、鳥に引かれながら漂う頑是ない男の子。
と、しばらく全員は酔ったような眼で、暑さも忘れ、じっとその子をながめている。と間もなく、その子の背に手紙が結いつけられてあるのが、見つかった。船長が手にとったが、すぐ折竹にわたし、
「君、ドイツ語のようだね」
「そうです、読みましょうか。最初に、この子の仮りの父となって暮すこと一月。いま『太平洋漏水孔《ダブックウ》』中にある独逸人キューネより――とあります」
太平洋漏水孔《ダブックウ》――たった一字だががんと殴られた感じだ。しかも、みればこの子は日本人のようだし、どうして、あの魔海に入りどうして抜けでたのか。しばらく全員は阿呆のように、じりじりと照る烈日のしたで動かない。
やがて、その子は手当をされ船室で寝かされた。折竹は、いつまでも醒めない悪夢のあとのような気持、フラフラわれともなく檣舷《リギン》へのぼって、いま左舷に過ぎよ
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