るあいだは地獄というわけですね。まったく、この蒸し暑さときたら死んじまいたいくらいだ。眼がぽっと霞んで来るし、なにも考えられなくなる。だが、あれ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]、アッ、ありゃ何だ」
 下桁《ブーム》のしたの天幕《テント》のかげから、折竹が弾かれたように立ちあがった。そとは、文字どおりの熱霧の海だ。波もうねりもなく濃藍の色も褪せ、ただ天地一塊となって押しつぶすような閃めき。と彼に、左舷四、五十|鏈《ケーブル》の辺に異様なものが見えるのだ。環礁《アトール》のようだが色もちがい、広茫水平線をふさぐに拘わらず、一本の椰子もない。
「あれかね、あれは有名な『太平洋漏水孔《ダブックウ》』の渦だよ。環礁《アトール》のように見えるのは、盛りあがった縁だ。とにかく、はいったら最後二度と出られないという、赤道太平洋のおそろしい魔所なんだ」
 その時、船首の辺でけたたましい叫びが起った。一人の水夫が、檣梯《リギン》の中途でわれ鐘のような声で呶鳴っている。
「おうい、変なものが見えるぞう。右舷八点だ……鳥が、籠みてえなものを引いてゆくが……見えたかよう」
 まもなく、その二羽の鰹鳥が射止めら
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