のキューネが、この五月に破天荒な旅を思いたち、独領ニューギニアのフインシャハから四千キロもはなれた、かの「宝島」の著者スチーヴンスンの終焉地、Vailima《ヴァイリマ》 島まで独木舟《カヌー》旅行を企てたのである。両舷に、長桁のついた、“Prau《プラウー》”にのって……かれは絶海をゆく扁舟の旅にでた。そして、海洋冒険の醍醐味をさんざん味わったのち、ついに九月二日の夜フインシャハに戻ってきた。――話はそこで始まるのである。
 土人の“Maraibo《マライボ》”という水上家屋のあいだを抜け、紅樹林《マングローブ》の泥浜にぐいと舫を突っこむ――これが、往復八千キロの旅路のおわりであった。ところが、海岸にある衛兵所までくると、まったく、なんとも思いがけない大変化に気がついたのだ。そこには、ドイツ兵士は一人もいず、てんで見たこともない土民兵が睡っている。ちょっと、ポリネシア諸島の馴化土人兵《フイータ・フイータ》のような服装《なり》だ。
「なんだろう。国の兵隊がいず、変なやつがいるが……」
 と、見るともなくふと壁へ眼をやると、そこに、土民への布告が張ってある。かれは、みるみる間にまっ蒼にな
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