、感じたのはこのときであった。
 私は、次第に上流へ釣り上がっていった。ところで、落ち込みの下に続くある大きな淵の岸へ出た。その淵は、水|楢《なら》の老木の林におおわれて、陽かげを遮り昼なお暗し、という感じの釣り場であった。私は、川虫の餌をつけて、幾度も脈釣りで流した。けれども、一度も当たりがない。
 ふと、眼の前の空間をみると、水楢の枝から青虫が一匹ぶら下がった。前にも書いた榎から、青虫が垂れ下がった姿と同じようであった。私は、その青虫を見つめていると、青虫は次第次第に糸をひいて水面近く垂れ下がっていく。
 青虫が、およそ水面から一尺ばかりのところへ垂れ下がったと思うとき、水面にガバッという音が起こった。飛沫が、乱れ散った。山女魚の大ものが、躍り出したのだ。そして、垂れ下がってくる青虫を食ったのだ。あとは、再び静寂にかえった。
 山女魚が、低い宙を飛ぶ羽虫を追って、水面から跳ね上がるのは毎日見ている。珍しいことではない。だが、青虫をにらんで水底から水面へ一尺も飛び上がるのは、めったに見ないことだった。よほど、山女魚は青虫を好むものと見えると、感心したのであった。
 それから釣り上がっ
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