ぎとなって、二、三人の人が梯子をかけて井戸の底へ降り行き、黒い犬のような動物を押さえつけて見ると、なんとこれは大きな狸である。
 首と四ッ肢を縄で括《くく》りつけ、その日は一日、樹の又へ縛りつけて置いて、その夜工事場の人員全部が集まって、大鍋でたぬき汁をこしらえ、濁り酒で腹鼓をうった。
 こんな次第で、文明開化の今日でも、榛名山麓へは、狸が時々散歩に出てきて、失敗を演ずるのである。

  四

 分福茶釜の出身地も、榛名山麓である。
 上州館林在の茂林寺に、この分福茶釜が鎮座ましますのであるが、詳しくいうと上州邑楽郡六郷村字堀江青龍山茂林寺であって、開祖は正通和尚であるという。正通和尚の出身地は分からぬ。
 正通和尚は諸国行脚の途次、上州へ入り榛名山麓の村々に布施を乞うて歩いたが、ある日の夕ぐれ、湯の上村から伊香保温泉の方へ向かっていた。
 すると、路傍の樹かげの石に、僧形の少年が憩うていたのである。小さい僧は、正通和尚を見ると、立ち上がって丁寧に挨拶してから、拙僧を弟子にして、どこかへ連れて行ってくだされ、と頼むのである。
 そこで和尚はそなたは何という僧名であるかと問うと、守鶴であ
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