路の上から望んだのであったが、日ごろ子連れの熊は危ないと聞かされていたから、老生ほんとうに腰を抜かさんばかりである。
六里ヶ原で、めぐり会ったのは、五月上旬の、まだ枯芒のままの枯野の中で、真っ黒い山のおじさんと真正面にぶつかったのである。その距離、僅かに数間。共に、だしぬけに正面衝突したのであるから、熊も人間も驚くの驚かないの、両者全くぶったまげた。熊は私を発見すると、急角度に回れ右して枯野の中を枯林めざして走りだしたのである。
私はその場合、その場で腰を抜かしてしまったのでは逃げられないから、腰の蝶番《ちょうつがい》だけを確《しっか》りさせて置いて、逃げた逃げた。
群馬県吾妻郡応桑村北軽井沢の一匡村近くまで一里ばかりの間、どこの叢林、どこの野原を走ったのであるか夢中で走って、われに返った。
そこで、漸く無事であった自分を発見した。胸を撫でおろしたのであるが、呼吸がピストンのように咽喉を往復して、心臓が破裂しそうだ。遂に、大地へ伸びた。
三
わが上州では、赤城山の裏側に当たる奥利根の、武尊《ほたか》山の周囲に最も多い。四万温泉にも有名な熊猟師がいて上州と越後の国境をな
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